山口俊が田代コーチから教えられた「水の味」

2016年11月23日 11時00分

横浜時代の田代コーチ(右)と山口

【赤坂英一「赤ペン!」】またひとり、田代富雄(巨人ファーム巡回打撃コーチ、来季から二軍打撃コーチ)の教え子がベイスターズからやってくるのか。DeNAからFA宣言、巨人入りが確実視される山口俊を見ていると、そんな感慨が湧く。

 

 手前みそになるが、私は3年前、田代コーチの半生を描いたノンフィクション「最後のクジラ」(講談社)を上梓した。この作品には田代コーチが横浜時代に育てた選手たちも何人か登場する。このうち、村田修一は2012年に、金城龍彦は15年に巨人移籍。さらに田代コーチ自身も16年から巨人入りした矢先、今度は山口がFAで同じ釜のメシを食うことになるという。まるで、巨人の中に“田代ベイスターズ”ができたかのようだ。

 

 山口が伸び悩んでいたころ、横浜の二軍監督をしていたのが田代コーチである。まだプロ2年目の07年、鎌ケ谷で行われた日本ハムとの二軍戦に先発した山口は、3回までに10点以上も取られてKOされてしまう。ベンチでふさぎ込んでいると、「試合が終わるまで走っとけ! 球場の周りをずっとグルグル回ってろ!」と叱りつけた。

 

 この球場の周りは周回道路になっていて、車も通行人もグラウンドから見える。そこを「ずっと回ってろ」と言われたら、こっそり歩いてごまかすことはできない。「9回で試合が終わるまで延々と回ったから、たっぷり2時間は走り続けていたことになりますね」と、山口はこう振り返った。

 

「そのとき、田代さんになぜこんなに怒られたんだろうって、走りながらずっと考えてたんです。田代さんは常々、どんなときも攻めろ、攻めろと口を酸っぱくして言ってました。打たれることを恐れるな、攻めの投球をしろって。でも、10点取られたときのぼくは、攻めるんじゃなく、逃げよう、逃げようとばかりしていた。逃げて、かわして、早くマウンドから降りようと。そんな弱気の姿勢を直さなきゃダメなんだと、走ってるうちに気がついたんですよ」

 

 試合終了後、ベンチに帰って倒れ込むと、二軍のスタッフが水をくんで持ってきてくれた。それも田代監督の指示だったという。「あのときの水の味、あの走り込みで気づかされたことは、一生忘れられないでしょう」と山口は笑っていた。

 

 巨人でも田代コーチの教訓を生かして「攻めの投球」を見せられるか、大いに楽しみである。