井川「契約の段階で失敗した」

2011年10月29日 18時00分

【井川慶投手に聞く②】

——どんな5年間だったか

井川慶投手:いろいろなことを勉強した5年間だった。日本にいたら経験できなかったことばかり。カッター、ツーシームを習得することができましたし、投球の幅も広がったと思う。まあ、終わってみれば早かった。

——新ヤンキー・スタジアムのマウンドには立っていないが、入ったことは

井川:一度(キャンプ地から輸送した)車を引き取るために中に入ったことはありますが、それだけ(笑い)。フィールドにも入ったことはありません。
 
——キャッシュマンGMから、サイドスローへの転向を指示されたこともあった

井川:2年目に「横一本でいけ」って言われて、自分のことを理解してもらえていないなって思いましたね。左のワンポイントとして使えるか試してみたかったようですけどね。全部は放れないけど、たまに放ることならできると答えました。簡単なことじゃないんです。キャッシュマンGMとの話を振り返ると、自分の(阪神時代の)映像とか全然見ていないんだなというのは、すごく感じました。とにかく、こっちで自分のスタイルを築き上げて理解してもらうしかないと思ったんですけど、残念ながら、その後、チャンスはなかったですね。

——入団時の交渉でこだわったのは

井川:下(マイナー)にケガ以外で落とせないという条項を盛り込むこと。ずっと使ってもらえれば成績は出せると思っていたので。(代理人、マネジメント会社に)それだけはお願いしますと伝え、それはできたという回答ももらったんですけど、シーズンが始まってからマイナー降格を言い渡されたんです。(マネジメント会社と代理人との間で)ちゃんと伝わっていなかったみたい。

——マネジメント会社に確認した

井川:もちろんしました。そんなはずはないって。(回答は)メジャー契約というのは、年俸が変わらないことだという説明で終わりました。そこでまず話が違っていました。準備が甘かったというか、契約の段階で失敗してしまった。

——今年は日本から多くの選手がメジャーに挑戦するとみられている。アドバイスするとすれば、契約のことか

井川:そうですね。英語と日本語の解釈の違いもあるので、気をつけた方がいい。自分はこう思って言ったつもりなのに、向こうは全然違うように捉えていたり、ということもある。日本の感覚でいると痛い目に遭うかもしれない。契約書はサインをする前に、時間をかけてしっかり確認した方がいいし、英語力はもちろん、知識のある人に間に入ってもらう必要があると思います。

——改めて、来年に向けての抱負を

井川:来季はどこでプレーするにしても、とにかく万全な状態で来年のキャンプを迎えたい。来年はやったるぞ!という気持ちでいますよ。

☆いがわ・けい=1979年7月13日生まれ、茨城県出身。左投げ左打ち。97年のドラフト2位で阪神に入団。初の開幕投手を務めた2002年にリーグ最多の206奪三振で初タイトルを獲得。03年には20勝をマークしてチームのリーグ制覇に貢献。06年オフに5年2000万ドル(当時のレートで約23億4000万円)プラス出来高の破格契約でヤンキースに入団した。07年4月にメジャーに昇格したが定着できず。08年7月にメジャー契約を解除されて以降、マイナー生活が続いた。メジャーでの通算成績は16試合に登板し、2勝4敗。

※【井川慶投手に聞く①】FA濃厚の井川「韓国、台湾でも」

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