福留はスクープを守ってくれた義理堅い男

2016年06月27日 16時31分

2007年11月12日発行、本紙一面

【取材のウラ側 現場ノート】阪神の福留孝介外野手(39)が25日、日米通算2000安打を達成した。手前みそで恐縮だが、2007年11月12日、中日の看板選手だった福留がFA宣言した日に、本紙は彼の結婚を1面でスクープした。

「福留選手が近いうちに結婚するらしい」。ドラ番・霞上記者が極秘情報を仕入れてきたのはこの日からさかのぼること、4か月前。ウラを取るために自分は当時、彼が住んでいた名古屋市内のマンションで直撃した。

「今はまだ、書かないでもらえますかね。時期が来たら話しますから」。結婚についての質問に否定も肯定もせず、返事はこれだけ。相手の女性の名前も年齢もわからないだけに、そのまま引き下がるしかなかった。「時期が来たら話す」と言われたものの、こちらとしては気が気ではない。何といってもドラゴンズの親会社は新聞社である。また当時の福留は別の朝刊スポーツ紙でも不定期の連載を持っていた。普通に考えれば、そのどちらかとの関係を優先されてもおかしくはない。だが、それは杞憂だった。

「書いてもらっていいですよ」。FA宣言の2日前、本人からゴーサインが出た。4か月前に話した「時期が来た」ということなのだろう。奥さんの名前と年齢を教えてくれた。

 99年の中日入団以来、ずっと取材はしてきたものの、はっきりいって自分はそれほど福留と懇意というわけではなかった。本人にとって面白くなかったであろう記事を書いたことも1度や2度ではない。にもかかわらず、結婚の情報をどこにも漏らすことなく、教えてくれたのは「時期が来るまで書かないでほしい」という要望に応えた本紙への義理立てだったに違いない。福留孝介とはそういう男なのである。

(中京スポーツ編集部長・宮本泰春=1994~2008年中日担当)