広島“伝説のスカウト”の訃報に緒方監督が緊急追悼寄稿

2016年01月10日 16時00分

村上氏は前田(右)の引退試合にも駆けつけた

 広島の元選手でスカウト部長も務めた村上孝雄氏が8日、心不全のため北九州市で死去した。79歳だった。通算213勝の北別府学氏や2119安打の前田智徳氏を発掘し、巨人・長嶋茂雄終身名誉監督も一目置く名物スカウトだった。福岡県出身で長年にわたり九州地区を担当した村上氏がプロの世界に導いた一人である緒方孝市監督(47)が恩人の死を悼むとともに、故人との思い出話を本紙に明かした。

 

 昨年末に具合が悪いと聞いて、元日にお見舞いにうかがいました。宮川さん(村上氏の旧姓)は集中治療室に入られていて会話をできたのは5分ほどでしたが、言葉に力強さが感じられず、いよいよなのかなと覚悟はしていました。

 

 担当スカウトでもあった宮川さんは、カープに入団してから親代わりのような存在でした。とても厳しい人でゲンコツをもらったこともありましたが、二軍時代にも遠征先の大阪にフラッと現れて食事をごちそうになるなど、やさしくしていただいた思い出は尽きません。選手に対してだけでなく、選手を預かる立場として親にも気を使っていただきました。プロ入り後も選手の実家にまでまめに足を運ぶなど、とにかく責任感の強い方でした。

 

 福岡出身で九州地区を担当されていた宮川さんは“長男”の北別府学さんをはじめ、津田恒実さん(故人)、今季から一軍ヘッドコーチとなった高信二さん、前田智徳、そして僕と数多くの選手のプロ入りに関わりました。門下生たちがシーズン終了後には毎年のように自宅に招かれ、みんなでフグなどをごちそうになったこともいい思い出です。

 

 宮川さんはビールが大好きで、大瓶を1ケースぐらい平気で飲んでしまう方でした。同時に健康にも気を使われていて、趣味はウオーキング。春季キャンプではわざわざ那覇に宿泊して、キャンプ地の沖縄市まで何時間もかけて歩き、ちょっとあいさつをしたら、また歩いて帰る。現役選手もビックリの体力でした。

 

 足を悪くされてからは酒量も減り、車椅子で生活されていましたが、それでも監督就任直後の秋季キャンプでは宮崎の日南市まで、シーズン中にもマツダスタジアムに2度ほど足を運んでいただきました。本当に頭の下がる思いです。

 

 いみじくも、今年は教え子である僕と高ヘッドコーチが一軍でコンビを組むことになりました。2人で力を合わせて、オフにいい結果報告をできるようにしたいと思っています。合掌。(広島監督)

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