「工藤公康の礼節、見事であった」

2016年01月10日 10時00分

【越智正典「ネット裏」】2015年は高校野球がはなやかな年であったが、12月5日、東京都高等学校野球連盟(会長堀内正)は、講師にソフトバンク監督工藤公康を招いて平成27年度指導者研修会を開いた。工藤には同連盟理事長、武井克時が3年前から頼んでいたのだが、いい年に実現した。工藤は日本シリーズで優勝し監督として正力賞を受賞した(87年投手で受賞)。立派になったあー。愛工大名電高のときから見続け、特に結婚披露宴で新婦雅子さんのご両親のお人柄に感銘を深くしていた私は、連盟事務局長、横山幸子さんに見学を頼んだ。

 その日、私は勇んで会場の新宿区大久保の海城高校に向かった。開会は午後5時。近づくと講堂の灯が、あかあかと灯っていた。が、正門前には各校、先生方の姿がない。アレ? 警備員さんが「研修会は明日ですよ」。一日はやかった。間違えた。“連投”となった5日、本番当日、前記横山さんが「さ、ひと休みを…」と、控え室に案内して下さったときはホッとした。

 工藤はもうすぐ入室するという。尾張名古屋は城で保つというが、(古いです)、都高野連は彼女で保っている。彼女は工藤にびっくりし、感激していた。

「お車代にもならない、ホンノ気持ちばかりのお礼をさせて頂こうとしたのですが、工藤さん、お受け取りにならないんです」

 講演が始まった。

「夏の甲子園大会に行ったとき(第63回大会)、旅館(宝塚市島屋旅館)のごはんがおいしくて、おいしくて、ありがたかったです」。高校時代の話をしてから「プロ野球の現役を終えたとき、悔いなくユニホームを脱ぐ人が少ない…と、つくづく思いました」。筑波大に学んだわけを語った。入学するときの保証人は王貞治である。

「選手が一日でも長くプレーが出来るように…とそればかり考えてきました。ことしは監督として何もしていません」。そういえば、秋の明治神宮大会の神宮球場に同じ愛知の東邦高の応援に駆けつけて来た、愛工大名電野球部OB会長、奥村衛は感嘆していた。

「公康が日本一になったのでお祝いの会を開こうと本人に打診すると“これからもっともっと、勉強し何回も勝ったらお願いします”と、言うんだあー。謙虚だあー…」

 工藤は投球動作などの分析やトレーニングの在り方を丁寧に始めた。私は実は登壇してから彼の立ち姿とお辞儀を見ていた。両手の指の先まで伸ばしていた。本当の「気を付け」である。礼節、見事であった。

 工藤は多忙な公務を終えると、暮れにアメリカに向かい、新年をアリゾナで迎えた。彼は西武現役時代春はカリフォルニア州サンノゼ、秋はアリゾナの教育リーグに派遣されているから、かの地をよく知っている。出発前「トレーニングがどの程度か見に行くんです」と話したが、目尻が少し下がっていた…。=敬称略=

(スポーツジャーナリスト)