複雑な家庭事情…「母と兄の面倒を見るのは僕の役割」

2015年06月14日 10時00分

家庭の事情を赤裸々に語ったエドウィン(右、ロイター=USA-TODAY-Sports)
元局アナ 青池奈津子「メジャー 通信」

【エドウィン・エンカーナシオン内野手(ブルージェイズ)】「兄弟は兄2人に妹1人。でも母親違いの兄弟も入れたら16人いるよ。親父は行く町ごとに子供がいるんだ」

 

 笑いながら、いきなりの仰天エピソードを聞かせてくれたのはブルージェイズの強打者エドウィン・エンカーナシオンだ。以前、誰かが「エドウィンは無口でインタビューは難しい」と言っていたのだが、全くそんなことはない。言語の壁は少しあるものの、とても穏やかな口調で一つひとつの質問に丁寧に答えてくれた。

 

 ラ・ロマーナというドミニカ共和国で3番目に大きい都市で育ったエドウィンだが、元陸上の代表選手だった父エレピディオさんの稼ぎは決して多くなかった。

 

「当時、親父の友人が持っていた家にタダで住まわせてもらっていたんだ。裏庭が広くて、いつも皆で野球をしていたよ。僕は幼いころは静かなほうだったけれど、家でテレビを見るより、外でスポーツをしているほうが好きだった。お金はなかったけれども、親父は兄弟にそれぞれグラブ1つと野球をする環境は与えてくれ『楽しんでやれ』っていつも励ましてくれた」

 

 エドウィンにとって幸運だったのは11歳のころ、プエルトリコへ移住したことだった。プエルトリコは米国自治連邦区であるためドラフト制度の対象になり、エドウィンも2000年にレンジャーズにドラフトされることとなる。

 

 しかし、この移住は同時に母と別々の生活のスタートでもあった。「この時期が人生で一番つらかったな。最初は親父が仕事を見つけ、1人で(プエルトリコへ)移ったんだ。それまで両親と生活してきたから母だけで家族を支えるのは大変だった。その後、親父が僕らを引き取ったけど、今度は母がビザがなくてドミニカに1人残された。その後、親父は他の女性と結婚したんだ」

 

 家庭の事情は深く聞けなかったが、エドウィンの両親は28年連れ添ったのち離婚したそうだ。その後、母ミレヤさんが米国へ入国できたのは、エドウィンがプロに入り、球団からビザ申請のサポートをしてもらってからのこと。現在のエドウィンは母、そして兄のリチャードさんとブ軍のホームタウンであるカナダのトロントで同国のビザ発給など球団側のバックアップを受けながら幸せに暮らしている。ただし、ここで家族を支えながら日々の生計を立てるのはエドウィンの役割だ。

 

「家族の面倒を見るって簡単じゃないけど、大リーグで野球させてもらい、そこでお金を稼ぐ機会をもらっている僕が、家族を助けられないはずがないでしょう? 彼らが何か必要だったら、何でもする。家族のおかげで今の僕があるんだからね」

 

 ブ軍の中核として活躍する現在までの道のりも決して楽ではなかったエドウィン。今季は故障が続いていてやや心配だが、早くトロントの空に大砲を放つ姿を見せてほしい。

 

 

 ☆エドウィン・エンカーナシオン 1983年1月7日生まれ。32歳。ドミニカ共和国ラ・ロマーナ州ラ・ロマーナ出身。188センチ、104キロ。右投げ右打ち。2000年にドラフトで指名されたレンジャーズへ入団。01年6月にレッズへ移籍。長きにわたるマイナー生活を経て05年にメジャーデビュー。06年に三塁手としてレギュラー定着を果たした。守備面では失策が多いが、強打者として名をはせる。09年のシーズン途中にブルージェイズ移籍。12年は42本塁打、110打点をマークしていずれも自己最多の成績を残す。同年以降、3年連続で30本塁打、90打点、OPS(出塁率+長打率)9割のラインをクリアしている。