藤川球児「古巣・阪神を拒絶し独立リーグ入り」の裏

2015年06月03日 10時00分

このオフの動向も気になる藤川。阪神復帰への答えは「YES」か…

 米大リーグのレンジャーズを5月に自由契約になった藤川球児投手(34)の四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグス入団が1日、明らかになった。古巣・阪神のオファーを断っての独立リーグ入り。いったい何があったのか、今後はどうなるのか、阪神復帰はもうないのか…。真相に迫った。

 藤川は1日、自身の公式ブログ上で「僕と妻の生まれ故郷の高知で未来のスーパースターになるチャンスを持った子供達に僕が投げる姿を見てもらって今後の夢に繋げて貰いたい! 僕を応援してきてくれた人達、育ててくれた高知から野球人生を再スタートする事に決めました」と独立リーグ・高知ファイティングドッグス入りを発表した。

 古巣・阪神のオファーを断っての高知入り。虎の絶対的守護神として君臨し、2012年オフにFAでメジャー移籍。13年6月に右ヒジを手術するなど、思うような結果を残せずに、先月、レンジャーズを自由契約となったものの、実績を考えれば、新たな働き場所が独立リーグとは意外な結末といっていい。しかも、関係者を通じて高知に売り込んだという。

 高知の弘田澄男監督は1985年の阪神日本一のメンバー。投手コーチもまたOBの吉田豊彦氏が務めている。かつては藤川の実兄も球団GMを務めていた「縁のある球団」ではあるが、獲得に動いていた阪神にとっては大ショック。坂井オーナーは「残念です。(球団の)真意が伝わらなかった感じがする」とコメントしたが、いったい、この裏には何があったのか。

 交渉役だった阪神の高野球団本部長は「今朝、本人から連絡があって(阪神に)入団するという合意にはならなかった。長らく阪神で活躍していただいた選手なんで(これ以上の)内容は差し控えたい」と話すにとどめたが、藤川と親しい球界関係者はこう明かす。

「阪神とは今回、条件面でも折り合わなかった。(阪神の提示額は)球児が予想していた金額よりも下だった。阪神のオーナーから『また戻って来い』と何度も声をかけられていて(レンジャーズでの)今年の年俸(100万ドルプラス出来高)以上は大丈夫と考えていたみたいだからね。必要とされていないと感じたようだ」

 阪神は藤川に2年契約ながら総額2億円には到底、届かない数字を提示し、それを藤川が蹴ったとみられる。だが、独立リーグなら月給数十万円。金額にこだわるなら阪神と契約した方がベストのはずだが、ある球団関係者はこう言う。「藤川本人にも果たして(NPBで)やれるのかという不安もあったと思う。また、自分が(阪神に)入ることで若手の芽を摘まないかとか、自分に対する世論も気にしていたと思う」

 では、今後どうなるのか。藤川の阪神復帰は今回で消滅してしまうのか。球界関係者は「独立リーグでまだまだやれるところを見せれば、今後、他球団からのオファーも…という考えも藤川にはある。ここは慌てて阪神に行くより、来季の(NPB各球団の)チーム編成とかを見据えて、というのもあるんだよ。もちろん、阪神という選択肢も捨ててはいないよ」と言う。

 藤川が13年に受けた右ヒジのトミー・ジョン手術(側副靱帯再建手術)は「3年後に完全復活できる」といわれており、それからすれば、来年こそが復活の年。藤川にすれば「急がば回れ」ということか。阪神サイドも「ウチは藤川の調査を続けていく」と明言。条件の低い独立リーグに入団することでネット上では「広島・黒田の男気と同じだ!」と賛美されている藤川の高知入りだが、このオフには阪神・藤川復帰話の再燃も十分ありそうだ。 

☆ふじかわ・きゅうじ=1980年7月21日生まれ。高知市出身。高知商2年夏に甲子園に出場。98年のドラフト会議で阪神にドラフト1位指名され、入団。2004年、リリーフに転向し、05年のリーグ優勝に貢献。05、06年に最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得。07年には開幕から守護神として活躍し、日本タイ記録の46セーブをマークした。12年オフに海外FA権を行使し、カブス入り。13年6月に右ヒジ手術。14年オフにレンジャーズと契約したが、今年5月に2試合登板しただけで自由契約となった。183センチ、86キロ。右投げ左打ち。