【伊原春樹氏「鬼の手帳」】巨人がバタついてきた。3日の阪神戦(東京ドーム)にも2―4で敗れ、4連敗。最下位に低迷するチーム内には、重苦しい空気が漂っている。この試合で原辰徳監督(56)は、今季から一塁にコンバートしたばかりの阿部慎之助内野手(36)を「4番・捕手」でスタメン起用。相川亮二捕手(38)が前日の中日戦で右太ももを負傷したためとはいえ、開幕わずか7試合目で捕手に戻すという異常事態には、東京ドームのG党もどよめいた。そんな「朝令暮改」ともいえる原采配を、本紙専属評論家の伊原春樹氏はどう見たのか――。

 開幕からの巨人の戦いぶりを見ていて、いずれこうなるのではと、うすうす感じていた。だがまさか、たった6試合を終えた時点で阿部がマスクをかぶることになるとは…。

 結論から言わせてもらうが、今回ばかりは原監督の見立てが甘かったのではないか。阿部の一塁転向とは、どんな意図に基づいた決断だったのか。疑問を持った私は、宮崎キャンプで原監督を訪ねた際に「慎之助の一塁転向は本当に決まりか」とあえて確認した。

 その問いに彼は「お互いの考えは一致している。99%、捕手に戻すということはしません」と言い切った。相川の故障というアクシデントはあったが、40歳近いベテランにけがはつきものだ。トップが重い決断をこうも簡単に覆しては、選手も落ち着かない。「朝令暮改」と後ろ指をさされても仕方がないだろう。

 断っておくが、私は阿部が捕手を務めること自体には大賛成だ。西武監督時代の2002年、私も捕手だった和田(現中日)を外野手へ転向させた。「ベンちゃんは才能があるが、捕手としては足りないんだ」と告げた。だが当時20代で駆け出しの彼と、看板選手として長年レギュラーを張ってきた阿部とでは立場が違う。

 捕手は扇の要だ。その座を守ってきた選手を一塁へ転向させるなら、同等の実力を持つ後任が育っていなければならない。しかし、阿部と小林の間には、まだ歴然とした差がある。私は開幕から小林のプレーに注目していたが、リードが未熟なだけではなく、危機の際にマウンドへの“一歩”が遅い。若い捕手はベンチが助けてやるべきだが、斎藤投手コーチも出足が遅れがちである。今回は阿部が自ら申し出たそうだが、原監督も捕手としての彼の存在の大きさを再認識したからこそ、首を縦に振ったのだろう。

 歴史をひもとけば、あの野村克也さんも、ボロボロになりながら最後までマスクをかぶり続けた。伊東(ロッテ監督)にしても、大宮、中尾、和田ら“刺客”を差し向けられたが、その座を守り抜いた。今の時代なら谷繁(中日兼任監督)もそう。マスクを譲るときはユニホームも脱ぐとき、阿部には過去の大捕手たちと同じ道を歩んでほしい。

 一方で若い小林は、あくまで競争で阿部からレギュラーポジションを奪い取ってもらいたい。壁はまだまだ高い。毎年、少しずつでも出場数を増やし、阿部と対等の力をつけたときこそが世代交代のタイミングだろう。

 原監督にとって、今回の一件はいい教訓になったのではないか。指揮官は、やはりブレてはいけない。経験豊富な相川を補強したことは、私も素晴らしい選択だったと思う。だが彼や小林にレギュラー捕手の仕事は務まらない。もともと、これで良かったのだ。今後は相川が戻ってきたときも、阿部を正捕手として使い続けることができるか、巨人の命運もそこにかかっていると私はみている。

(本紙専属評論家)