ベーカー「絶望の3日後、僕はメジャーにいた」

2015年01月19日 11時00分

元局アナ 青池奈津子「メジャー オフ通信」

 

【ジョン・ベーカー捕手】「地元に帰ると皆が『いつプロになるの?』って聞くんだ。でも僕はプロなんだ。野球をやって給料をもらっている。その額が多くないだけで。高校でも大学でもプロに行っても『無理だよ』って大勢の人が言うんだ。だからどうしてもかなえたかった」

 

 そう熱弁をふるったのは、常に知的かつ魅力的な話し方をするジョン・ベーカーだ。幼いころから学業も得意だった彼は、おそらくどんな仕事でもそつなくこなしたであろう。それでも“1回でいいからメジャーのグラウンドに立ちたい”という夢を捨てることはできなかった。

 

 16歳で知り合い、25歳で結婚した妻のメーガンさんが小学校の先生をしながら何とか生活を支えた。マーリンズ傘下所属だったプロ入り7年目は少し借金もでき始めていたが、ようやく選手として浮上のきっかけをつかみ始め、マイナーリーグの球宴メンバーに選出。

 

 しかし、あと一歩で夢の昇格を果たせると思った矢先、メジャーから降格してきた選手にマイナーでの正捕手の座を奪われてしまう。あまりに理不尽だった。「もう辞めよう。こんなの嫌だ」とブルペンで体を投げ出し、空を見上げた。

 

「そばで様子を見ていた(チームメートで投手の)スコット・ネスターが、あまりにも僕の様子がおかしいので声をかけてきてくれた。『ひどい気分だ』って口にしたら『キミらしくないじゃないか! ちゃんと周りを見ろよ。実はポジティブなことがたくさんあるのに状況にのまれて見えなくなっている!』と言ってくれたんだ。彼はひどい薬物中毒から立ち直って野球をやっていたすごい男なんだけど、その彼の言葉で立ち直った。そうしたら、僕は3日後にメジャーにいたんだ」。メジャーに昇格した捕手がケガをしたからだった。本来なら、それまでメジャーで捕手を務めていた前出の選手がUターンで再昇格を果たすはずだ。しかし、その選手も手首の異変を訴えていた。

 

 あの日、人のいいジョンは、手首の痛みでものが持てなくなっていたライバルのカバンを担いであげながら、宿舎へと向かっていた。自分のポジションを奪った“怨敵”にもかかわらず…。

 

 その道中、ジョンの携帯が鳴った。「『明日、何しているんだ?』って聞いてきた声の主は、チームのトレーナーからだった。『今日と同じだよ。IHOP(米国を本拠とするチェーンレストラン)へ行ってジムで体を動かしたら、3Aの試合に臨むさ』って言ったら『サンディエゴに行きたいか?』って…。『サンディエゴに何があるんだ?』って聞いたら、トレーナーは『マーリンズがいる』って言うんだ。僕は『イエス! 行きたい。もちろん!』って答えたんだよ」

 

 マーリンズの対戦相手・パドレスの本拠地ペトコ・パークへの招集指令――。ジョンにとっては、まさに“運命の瞬間”であった。

 

=続く=

 

 ☆ジョン・ベーカー捕手 1981年1月20日生まれ。33歳。米カリフォルニア州アラメダ出身。185センチ、98キロ。右投げ左打ち。2002年にドラフト指名されたアスレチックスへ入団。07年3月にマーリンズへトレードされ、08年7月にメジャーデビュー。右ヒジを痛めて10年オフにトミー・ジョン手術を受けた。11年オフにパドレスへ移籍。その後、ドジャース(マイナー)を経て14年はカブスとメジャー契約。和田がメジャー初勝利を挙げた7月28日のパドレス戦で先発マスク。現在はFA。