ソフトB入り秒読みの松坂に恩師が激辛エール

2014年12月02日 11時00分

1998年11月、西武から1位指名された松坂(左は渡辺監督、右は小倉部長=当時)

 ソフトバンク入団が秒読みといわれる前メッツ・松坂大輔投手(34)に、恩師が激辛エールだ。声の主は1998年の甲子園で怪物を世に送り出した横浜高野球部の元部長・小倉清一郎氏(70)。教え子の9年ぶりとなる日本球界に際し、期待と現実を語った。松坂の育ての親とも言える同氏は具体的な数値目標も設定し、奮起を促した。

 

 恩師から見れば、松坂もまだまだ子供ということなのだろうか。本紙の取材に対し、小倉氏は烈火のごとく教え子を叱りつけたエピソードを明かした。

 

「実は松坂は今年の1月にウチ(横浜高)のグラウンドに来ていました。その時にボロクソにドヤシつけてやったんです。『勝手にグラウンドを使うな!』と。誰がなんと言おうと、お前を育てたのはオレなんだ。それが今までメシを食いに行きましょうでもない、ゴルフに行きましょうでもない。(感謝の気持ちが)何もないじゃないか!ってボロクソに言ってやりました。あとで本人は頭を下げてきて、そのうちちょくちょく電話がかかってくるようになりました」

 

 1999年のプロ入り以降、松坂はちょくちょく母校へあいさつには来ていたものの、その主な目的は自身のトレーニング。小倉氏には、渡辺元智監督(70)も含めた恩人への敬意を欠いていると映った。そのため日米通算164勝右腕の緩んだ心に活を入れたというわけだ。松坂が猛省したことで今では良好な関係が復活。その上で9年ぶりの日本球界復帰への期待をこう語った。

 

「細かく言えば注文はいっぱいある。米国のボールやマウンドに苦しんできたんだから日本に帰ってきてもう一度、下半身主導のフォームを取り戻してもらいたいし、もう少しヒジが上がってきてほしい…とかね。でも本人に言わせると、言っていることは分かるんだけど、体がそれをできないのだと。特に(内転筋を痛めた)足がね。だから本当に西武時代の一番いい時のフォームにはまだならない。ただ今年、メッツの最後の方のフォームはだいぶ良くなってきていた。ヒジも上がってきていたしね」

 

 日本復帰に関しては当初「反対」の意向を松坂に伝えていたという小倉氏だが、本人がこだわる「先発」としての需要が米国にはないことで容認しないわけにはいかなかったようだ。

 

「スピードはまだそこそこ出る。年齢もまだ34だから、あと2~3年は第一線でできる。日本の全盛期のような活躍を期待されると厳しいけど、今でも10は勝てる。もちろん貯金は5以上。理想は12勝5敗ぐらいかな。ボールへのストレスもないし、日本のマウンドに戻れば特徴である踏み出してインステップした左足を本塁方向に動かすこともできる。それだけでも制球は米国よりもまとまってくると思う」

 

 厳しくも温かい恩師が課したノルマはソフトバンクとの3年間の契約の中で「最低30勝15敗」。プロ入り時の本人の目標である200勝があと36勝と迫っていることを考慮すれば、本人のプライドも加味して「36勝15敗の貯金21」が現実的目標となりそうだ。