西岡の日本S反則走塁 元審判と元選手が徹底検証

2014年11月05日 07時30分

走路の内側を走る西岡

 史上初の“守備妨害幕切れ”となった今年の日本シリーズ。第5戦(ヤフオクドーム)の9回一死満塁で一ゴロに倒れた際、ファウルラインの内側を走って守備妨害を取られた阪神・西岡剛内野手(30)の走塁について、ネット上などではいまだにバッシングが収まらないが、そもそも何が問題だったのか。そして、西岡は責められて当然の走塁だったのか…。識者らがそれぞれの観点から検証した。

 

 阪神が1点を追う9回表一死満塁。3つの四球で満塁としたマウンドのソフトバンク・サファテは、西岡にもカウント3―1と苦しみ、その1ストライクも高めのボール球をファウルしてのもの。黙って立っていれば押し出しで労せずして同点もあった場面だった。

 

 だが、ここで西岡は5球目に手を出して、一塁ゴロ。一塁・明石が本塁へ送球して、まず二死とすると、すぐさま捕手の細川は一塁に転送。3―2―3の併殺が完成してゲームセットと思いきや、細川の送球が西岡の左手に当たってボールはファウルグラウンドを転々とした。だが、白井球審は西岡がファウルラインの内側を走ったとして守備妨害を宣告。結局、併殺となりソフトバンクの日本一が決まった。

 

 まず、白井球審の判定について。元審判部副部長・五十嵐洋一氏は「これで日本一が決まるという大事な場面で『空気を読め』とか『後味が悪い』と言われるかもしれない状況の中、白井くんはよくぞ正確なジャッジをしてくれたと思います。下手な審判なら、なかなか(守備妨害を)取れませんよ」と絶賛。その上で、こうも付け加えた。

 

「試合後の白井くんの談話を新聞で読みましたが『妨害する意図が明らかだった』と話したのはちょっとよくなかった。審判は起きた現象だけを判断すればいい。『西岡選手がラインの内側を走っていたからアウト』でいい。西岡選手が過去に同様のプレーが多かったとか、どんな意図を持っていたかとかはあのプレーでは関係がないし、選手の意図なんて審判がわかるわけがないんです」

 

 また、西岡は自身のフェイスブックで「僕は送球が当たるときに足が外側にあればいいと思って走ったので、僕なりにルール上ギリギリのプレーはしたつもりでした!」としているが、五十嵐氏は「ファウルラインの線上に足があればOK。ただ、足が線上にあれば、どうしても走者の左肩はラインの内側にあることになってしまいますが、空間に体の一部分がある場合、それはOKにしようという申し合わせがありました。つまり地面についた足が線上にあれば、左手がボールに当たってもいいということです」。ただ、動画などで検証すると、一塁に到達する1歩前の右足はライン上にあったが、2歩前の左足は完全にラインの内側に入っていた。

 

 では、西岡がフェイスブックで「打った瞬間、僕はゲッツーを確信しました。ルールで内側に入って送球が当たれば守備妨害は百も承知です! ルールを知った上でゲッツーになると思ったので、少しの可能性にかけて内側から外側に走って行くものを、ライン上スレスレを走って体に当たれと思いながら走ってました!」とした部分はどうか。元巨人走塁コーチの簑田浩二氏は、西岡の心境を含めてこう話した。

 

「送球のラインに自分の体を入れて『体に当たれ!』と願うのは当然のプレーです。決して醜いプレーではない。ただ、一塁は走路が決まっていて、少しでも内側に入ったら守備妨害を取られる。それを承知でやっているわけですから、自分は西岡を責めようとは思いません。それに西岡の気持ちもよくわかる。その前にボール球を振るなどのミスをしているわけだし『しまった』『何とかしなければ』『あわよくば…』というのは、西岡でなくとも誰もが思う。自分が同じ立場でも同じことをやったかもしれない。それにミスを取り返そうとする必死なプレーが、思いもよらないプレーを呼ぶ。それがスポーツの醍醐味なんじゃないかと思いますが」

 

 西岡の走塁は“反則”には違いないが、殺人スライディングのような相手を傷つけるようなプレーでもなく、ボールに当たってもケガをするのは自分だけ。そもそもお行儀よく走っていれば無抵抗で試合終了…だっただけに、プロ野球ファンにとってはある意味、議論を呼んだ“いい反則”だったのかもしれない。

 

 ☆いがらし・よういち=1946年9月23日生まれ。東京都出身。67年にパ・リーグ審判部に入り、98年に退任するまで2833試合に出場。オールスターは5回、日本シリーズには9回出場している。84年の球宴では巨人・江川の8者連続三振を球審として、86年は史上初となった日本シリーズ第8戦を球審として、94年の日本シリーズ第6戦では長嶋巨人初の日本一達成試合を球審として裁いた。元審判部副部長。現在は東京・赤坂でお好み焼き店「さうだあで」を経営している。

 

 ☆みのだ・こうじ=1952年3月11日生まれ。広島県出身。大竹高―三菱重工三原を経て75年ドラフト2位で阪急入団。福本豊と1、2番コンビを組み、阪急の黄金時代を支えた。83年に打率3割1分2厘、32本塁打、35盗塁をマーク。30年ぶり史上4人目となる「トリプルスリー」を達成した。88年に巨人移籍。90年に現役を引退し、95年まで巨人コーチを務めた。通算成績は1420試合出場、1286安打、204本塁打、678打点、250盗塁、打率2割7分9厘。ゴールデングラブ賞8回、ベストナイン3回。

 

 ☆野球規則6・05(k)一塁に対する守備が行われているとき、本塁一塁間の後半を走るに際して、打者がスリーフットラインの外側(向かって右側)またはファウルラインの内側(向かって左側)を走って、一塁への送球を捕らえようとする野手の動作を妨げたと審判が認めた場合、打者はアウトになる。

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