レッドソックスの守護神・上原浩治投手(38)にとって2013年は忘れられないシーズンだった。中継ぎでスタートし、クローザーに指名されたのは6月21日。すると圧倒的な投球でチームの勝利に貢献し、日本人投手初のワールドシリーズ胴上げ投手になるなど、4度も胴上げ投手になった。今ではメジャー屈指のクローザーと評価される上原の代名詞はスプリット。メジャーの強打者たちが「打てない」と口を揃える“魔球”だ。魔球はいかにして誕生したのか。知られざる苦闘の歴史を明かす。そして14年は――。
上原浩治「中継ぎピッチャーズバイブル」(正月特別版)
13年の上原は世界一に輝いたレッドソックスのクローザーとして記録にも記憶にも残った。特筆すべきは142キロ前後のストレートと130キロ前後のスプリットと2つの球種でマウンドを支配したことだ。投手は球速だけで評価できないことを証明した。さらに上原が駆使するスプリット、正確には「スプリット・フィンガード・ファストボール」は、メジャーで最も攻略が難しい“魔球”と言える。
上原がスプリットを投げ始めたのはプロ1年目、1999年のことだった。15年の歴史を振り返ってもらった。
「ここまでコントロールできるとは思っていなかった。やっぱりスプリットには(リリースしたらコースは)あとは球に聞いてくれっていう感じのイメージがあったので、そういう意味ではコントロールできるようになったというか。まあ、100%じゃないですけど、ある程度投げられていると思う。スプリットは自分の生命線でもあると思うのでね」
投げ始めた99年はどうだったのか。
「最初は全然、ホントにどこに行くか分からなかった。ベース付近に落とせばいいやって考えていた」
ある程度自分のモノにできたという手応えを感じたのはいつか。
「2002年ですね。なんかコントロールできるというのがあった。日本のボールが投げやすかったというのもあるが、02年ですね。自分の記憶の中では」
次のステップは…。
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「それをどうコントロールするか、ですね。スプリットって、右打者の内角とか、左打者の外角、要するにアウトコース系がシュート気味でなんか投げられるような感覚をつかんだのが02年だった。キャンプからずっと練習をしていた」
しかし、すんなりとはいかなかった。
「結局、自分はけがとの闘いがあったから、けがしたくないっていう意味で、スプリット行きますよっていうフォームになったりってのがあった。どうしてもそういうのは打者も感づきますから、打ちやすいボールになりますよね」
上原のスプリットが“魔球”と評されるのは、ストレートと同じフォーム、腕の振り、腕の角度から繰り出されるからだ。打者はストレートと見分けが付かず、見逃せばボールのコースでも振ってしまう。マスターしたのはいつか。
「腕の振りに関しては、ここ1~2年ですね。すごいいい感じになっているっていうのは。フォームも変えました。まあ、それでも打たれることはありますから、まだ、スプリット行きますよっていうフォームになっている時もあるんじゃないかな」
ここ1~2年ということはメジャーの公式球でマスターしたわけだ。日本の公式球と比べ滑りやすいと言われ、ボールの縫い目をどう使うかは、コントロールに影響するだけでなく、どんな変化をするかにも関わる。
「ボールとの相性ってのも良くならないといけないし、太もものけがでフォームを変えたってのもあるし、その2つが重なっていい状態になってきているのが12年の終わりくらいから。もちろん結果が出ているからそういうふうにも言えると思う」
いろいろな変化、落ち方をするスプリットを完全にコントロールしている上原だが、時には納得できないこともある。
「チェンジアップのようにスーッと落ちずに行くってのは意図的ではない。あれはもう失投と言ったら失投ですけど、腕の振りでごまかしている感じです」
スプリットは空振りを狙っている。
「手が出ないというよりも、振ってもらって空振り三振ってのがボクの中では、真っすぐのタイミングで来ているのかなっていうのがある」
何種類のスプリットを投げ分けているのか。
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「実際に投げているのは3種類くらいだと思う。でも、捕手のサインは3種類あるわけじゃなく、1つでやっていてちゃんと捕ってくれているので、そんなに変化はないのかなと。簡単に捕られているってことはそういうことかなと」
人さし指だけを縫い目にかける、あるいは中指だけをかけるなど打者、状況に応じて投げ分けているわけだ。投げ分けることでそのバリエーションは広がる。「ストレートも1種類じゃない」と明かした。
ボールが回転しないというのがフォーク、スプリットのイメージだが、上原の場合は回転があるのが特長だ。
「ボクは回転がありますから人さし指だけを縫い目にかけるスプリット、中指だけをかける。抜くというイメージがあるかもしれないですけど、ボクは抜かないですね。むしろ真っすぐと一緒。理由? それがボクに合っているから」
魔球を駆使する際のチェックポイントは「いかに同じフォームで投げられるか」だけだ。
最後に上原にとってスプリットとは何かを聞いた。答えは「生き残る道のひとつ。生命線ですよね」だった。
ワールドシリーズを制した上原の14年の目標はもちろん、「ワールドシリーズ連覇」。現状に満足することがないクローザーは伝家の宝刀に磨きをかけて2年連続の栄冠に挑む。