ノーヒッター山井は“過去を捨てる男”

2013年06月29日 16時00分

 中日・山井大介投手(35)が28日のDeNA戦(横浜)でプロ野球史上77人目、88回目のノーヒットノーランを達成した。2007年の日本シリーズ第5戦では8回まで完全試合投球ながら9回に交代。10年8月18日の巨人戦では8回までノーヒットノーランを続けながらあと一歩で大記録を逃してきた。そんな男に訪れた三度目の正直。その裏には普通の投手では考えられない「記憶消去投球」があった。

 

「本当に信じられないです。若干楽しかったです。ワクワクしました。あと1人で打たれたら(インターネットの)ヤフー(トピックス)に載るのかな、と思った。一度(巨人戦で)経験しているので…。ボールはみんなの気持ちがこもっているので大事に持ち帰ります」。快挙を達成した山井はそう言って喜びをかみしめた。二度のチャンスを逃した男に訪れた快挙。そこには過去の反省から編み出した独自の方法がある。

 

 別名「記憶のスポーツ」とも呼ばれるプロ野球。年間で何度も同じ相手との勝負があるため一流投手ともなればこの打者とは過去の対戦で何球目のどの球種をどのコースで抑えたか、または打たれたか、寸分の狂いもなく記憶しているもの。一流投手でなくてもデータを振り返り、記憶をよみがえらせる作業は必ずするのが当たり前だ。しかし、そんな球界の常識に山井はあえて逆らっている。

 

「過去の投球は良くても悪くても関係ない。抑えても打たれても忘れるようにしています。だって対戦した場所も違えば、お互いの体調だって違う。そもそもいつも同じように投げれるわけじゃないですから」

 

 前回登板がいくら良くても悪くても全てリセット。記憶をあえて“消去”しているのだ。

 

 そこまでするのは過去の失敗があるから。07年の日本シリーズで完全試合寸前の9回にまさかの交代。周囲には「おまえならいつでもチャンスがある」と励まされたが、その翌年の08年、09年と2年連続で勝ち星なしと苦しい時期が続いた。

 

「日本シリーズでの投球があまりにも完璧だった。そのときの姿を追い求めすぎて空回りしてしまった」(チーム関係者)。しかし、右ヒジの故障をきっかけに過去の自分と決別。かつてのキレのある落ちるスライダーをあきらめ、新たにヒジに負担のかからないスライダーを習得した。「最初は(前のスライダーに)こだわりがありました。でも今は何とも思っていない。あのままあのスライダーを投げていたら(選手生命は)終わっていましたからね」

 

 過去を捨てて記憶をリセットするのはそんな経験があればこそ。あの日本シリーズからもうすでに6年。三度目の正直となる勲章を自らの手で奪い取った。