ミュージシャン強 甲子園球児からカリスマシンガーに!

2019年10月05日 11時00分

元甲子園球児ミュージシャンの強

【野球探偵の備忘録(93)】野球で培った反骨心を歌詞に刻み、多くのアスリートから敬愛されるアーティストが大阪にいる。関西を中心に活動するミュージシャン、強(つよし=36)だ。高校時代は原田英彦監督率いる京都・平安(現龍谷大平安)の野球部副主将として2001年夏の甲子園大会に出場。血と汗を肥やしにしたその歌詞が、プロ球界、サッカー界、格闘技界からも共感を呼び続けている。球児から反骨シンガーとなった強の“クソッタレ魂”とは――。

 あの夏の光景は今も鮮明に心に焼きついている。01年の第83回大会。松山商(愛媛)との準々決勝。3―4と劣勢で迎えた9回裏、一死走者なしから投手・高塚の代打で打席に入った。安打をイメージしていたところ、スライダーが左ヒザをかすめ、死球で出塁。エンドランのサインミスで懸命に二塁に走ると「足は遅いのに神様のいたずらか、きれいにセーフになった」。平安の左翼アルプス席の「H」の人文字が揺れ、気持ちが舞い上がった。一死二塁の同点チャンスをつくり、外野手の守備位置を確認。直後に次打者の打球がセンター前に抜けた、と思った。しかし、打球は右寄りに守っていたショートの正面に転がり、狭殺プレーでアウトに…。試合はそのまま惜敗した。

「松山商の守備が堅かった。アウトになってベンチに帰るときはスローモーションみたいで…。監督から“準備やな”と言われました。外野の位置は確認してたけど、ショートの位置は確認してなかった。しばらく自分を責めました」

 聖地での打席は一度だけで、もっぱら伝令とベースコーチ。主将の補佐役に徹し、チームの士気を高めた。3年間、原田監督からは「平安たれ」の意識を植え付けられたという。

「ふだんの私生活、態度を見られているんだぞ、と教えられました。すべてが野球につながっていると。自分を律すること。それは今も生きてますね」

 大学を中退し、ミュージシャンになることを決意したときも背中を押してくれた。08年にデビューしてCDを持っていくと喜んでくれ、練習中にグラウンドで流してくれている。甲子園出場の壮行会や激励会では後輩たちの前で生歌を披露している。

 白球を追いかけ、今もトライアスロンに挑戦するなど肉体を追い込んでいる。そんな強の曲に西岡(前阪神)や浅村(楽天)、陽川(阪神)らが共感し、登場曲に使用。元サッカー日本代表の岩波(浦和)に送った曲「クソッタレが原動力」はサッカー界にも広まり、今夏には大分トリニータの主催試合の試合前セレモニーに呼ばれ、昭和電工ドームの2万6000人の観衆の前で熱唱した。大阪出身のK―1戦士、皇治からは「ツヨ兄ィ」と慕われ、試合では「スーパースター」を花道で歌いながら皇治の入場をエスコート。最近ではプロボクサーの宮崎亮との交流から亀田ジムでも曲が流されている。

 だから俺たちは間違いなく クソッタレが原動力 今に見てろが背中押すから また虎視眈々縛るシューズ 誇り高きユニホーム こけてもまた立ち上がる しつこいから悪しからず 折れない心それこそがルール

「選手は嫌なことに向き合いながらそこに立っている。やっている時は孤独。僕もトレーニングするのは嫌ですよ。そこで出てくる歌詞が響くのかな、と思う。動き続けないと寄り添えない。僕も高校の時にイップスになったし、しんどい時に背中を押されたい。そんな存在でありたい」

 強の曲は頑張っている人にこそ届くのかもしれない。

 ☆つよし 本名・山脇強司 1983年6月3日、大阪市生まれ。2001年に京都の名門・平安高校野球部で甲子園に出場し、ベスト8に進出。卒業後は龍谷大に進学するも休学して上京。ストリートミュージシャンに感銘を受け、その後に大阪でバンド活動を開始。08年にアルバム「全ては唄の中で」でデビュー。「カーテンコール」「SUNRISE」「スーパースター」「強BEST」「Revolving Runturn」を発表している。「カーテンコール」と「スーパースター」は13年から前阪神・西岡の登場曲となった。現在は「TSUYO’S Cafe」と題したライブ活動を全国で展開中。