イチロー引退 「へんこな若者」にムカッ…でも記者として幸せ

2019年03月22日 16時30分

自主トレで練習に打ち込むイチロー

【取材のウラ側・現場ノート】「最低でも50歳までやりたい」。これはスーパースター「イチロー」としての虚勢に思えていた。白髪が目立つようになって久しいが、肉体の衰えを心配する周囲をあざ笑うかのように心身ともに常に最高の状態であると言い続けた。確かにコンスタントに打席に立てていれば結果は出せたかもしれない。しかし、年齢的なことで厳しい起用を強いられる不運もあって結果が伴わず、イチローの自信に満ちあふれた表情や言葉がむなしくも感じられた。

 日本や他国でプレーしたら50歳までできていただろうが、そんなことは「イチロー」が許さない。自分の発した「最低50まで」にどう整合性をつけるつもりなのか、まさか急に潔くなるわけがない。昨年のような中途半端な形で“現役”を主張し続けるのか…。しかし、イチローは現実と向き合った。自ら「引退」と口にしないことで「現役」を主張するアスリートもいるなか、潔さを選択したことがうれしかった。

 記者がオリックス担当として接していたのは20年以上も前の話。彼は修行僧のように練習に打ち込み、常にピリピリしたオーラをまとっていた。黙々とスパイクを磨き、ストレッチを続け、休日は入念に愛車の洗車。三宮の牛タン屋をこよなく愛し、いつも同じ席で同じメニューと同じ量のわずかなビールを飲む。決してルーティンを崩すことはない。野球に集中するあまり、報道陣やチームメートに対してつれない態度もあった。記者はそんなイチローの“へんこな現実”を取材し、憎まれ役となって向き合っていた。煙たい存在だったに違いない。

 月日が流れ、随分と柔和なおっさんの顔になった。ムカツクことも多かったが、今思えば彼の若かった時代の一片に接することができたことは、記者として幸せだった。
(元オリックス担当・西山俊彦)

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