“スパイダーマン”のヒーローは感電事故から奇跡の生還を遂げた父

2019年02月17日 16時30分

アストロズ外野陣を支えているレディック(ロイター=USA TODAY Sports)

【元局アナ 青池奈津子のメジャー通信=ジョシュ・レディック外野手(アストロズ)】ジョシュ・レディックといえば、スパイダーマン。アスレチックス時代の2012年、フェンス際への打球をジャンプして好捕した際にスパイダーマンのアンダーシャツを着ていたことから「スパイダーマンキャッチ」と言われた。「子供のころから一番好きなヒーローだし、このまま着続けてみようかって」。今や全身スーツをまとってファンイベントに登場するなど、すっかり定着した。

 ゲンを担ぐタイプではないそうだが「スパイダーマンのアンダーシャツを着ずに試合に出ることはないね」。先月19日に行われた自身の結婚式でもスパイダーマンがテーマだったようだ。

 新妻ジョージェットさんのインスタグラムには、スパイダーマンのネクタイにマスクをしたジョシュ、お揃いのスニーカー、クモの巣の模様があしらわれた赤と青のウエディングケーキなど、とても「ジョシュらしい」ユニークで楽しそうな様子が載せられている。彼にとっての幸運のスパイダーマンなら、確かに人生の晴れ舞台で着ない理由がないよな…と妙に納得してしまった。

 ジョシュはクラブハウスで見かけると常に誰かと話している社交的なタイプ。少し早口だが、何を聞いても軽快に返答してくれる。父ケニーさんの話をしている時の彼は特に明るい。

「10代のころまではスポーツばかりしている静かなやつって感じだったんだけど、いつからかなあ。気がつけば父のようになっていたよ。歯に衣着せない、エネルギッシュで、気持ちを表に出すことが怖くない人間。それに父は声が大きくて存在感がある。まさか自分が同じタイプになるとは…って時々不思議に思う」

 実はケニーさんには、大きな障害がある。電力会社で働いていた25歳の時、7620ボルトの電流の流れたケーブルに触れてしまい、感電事故に遭ってしまった。

「すごいんだよ。電気が右手から心臓を通って左腕を吹っ飛ばしたんだって。病院では何度も蘇生して、今生きていることが本当に奇跡」

 なんとか残った右手の指が動くよう背中や足などの筋肉を移植してようやく家に帰って来た時、ジョシュはまだ1歳だった。「僕は覚えていないけど、全く変わってしまった父を怖がって、しばらく近づかなかったらしい」と笑いながら話すジョシュから、意志の強いケニーさんの姿が想像できた。

「指が3本しかないのに、僕の練習に付き合ってボールを投げてくれたんだ。5歳の時から『野球選手になるんだ』って言って譲らなかった僕が、中学でチームを外されたりした時も、僕の夢を疑わずにずっとサポートし続けてくれた」

 そして、そんな父だからこそこう思うのだという。「僕は大学でも決して目立った選手ではなかったけど、自分の夢を誰にも止めさせないって思っていた。フィールドに行ったら、そこにいる全員を倒していく、超えていくんだって。今日がダメなら明日。それを続けたらゴールにたどり着けるはずだって。何事も諦めない、当たり前のこととして捉えない、それは全部父を見て育ったから」

 ジョシュは「早く自分の家族が欲しい」とも話していた。ヨーロッパでのハネムーンから戻り、野球モードに切り替わりつつあるようだが、そちらもご健闘を祈ります!

☆ジョシュ・レディック=1987年2月19日生まれ。米国ジョージア州出身。2006年ドラフト17巡目でレッドソックスから指名され入団。09年にメジャーデビューを果たすと、11年には87試合に出場し、打率2割8分、7本塁打、28打点を記録。12年シーズンからアスレチックスに移籍するとレギュラーに定着。同年は32本塁打を放って中心選手に成長した。16年途中にドジャースへ。同年オフにFAとなり、17年からアストロズでプレー。強肩強打の外野手で、メジャーきってのイケメンとしても知られる。188センチ、82キロ。右投げ左打ち。

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