90年日本ハム4位の南竜次さん 年商9億円の起業家に

2018年12月02日 11時00分

起業し大成功を収めている南さん

【異業種で輝く元プロ野球選手】かつて甲子園で全国制覇を成し遂げた投手が今や年商9億円の起業家に――。そんな夢のような第2の人生を送るのが、元日本ハム投手の南竜次さん(46)だ。現在、名古屋を中心にエアコン、家電製品の設置を担う会社を経営しながら飲食業も手がけている。

「飲食の方は副業のような感じで、本業はエアコンの設置です。野球では結果が残せませんでしたが、今の仕事はおかげさまで順調です。野球を辞めた当初、現在の自分は想像できませんでしたが…」

 南さんは奈良・天理高時代の1990年、夏の甲子園で優勝を果たし、同年のドラフトで日本ハム入り。193センチの長身から投げ下ろす速球を武器に将来を期待された。だが、プロ入り後は右ヒジ故障もあり97年に戦力外に。翌年、米独立リーグ挑戦も半年後には帰国。野球一筋だった右腕は人生の壁にぶち当たった。

「それまで野球しかやってこなかったですし、このころはもう20代後半。今さらサラリーマンは無理かなと思う半面、何かをするような貯金もなかった。そこで時給が高いバイトでとにかく稼ごうと思ったわけです」

 求人情報誌を片手に始めたのが灯油の巡回販売員だった。

「最初に引っ越しのバイトを始めたのですが、それ以上に時給が良かった。地元の大阪で車に乗りながら灯油を売るのですが、これが予想以上に売れた。バイトだったのに月給は50万~60万円ぐらいもらえましたから。ただ、灯油販売は冬季限定で夏場は仕事がない。そこで99年3月から灯油販売会社の社長の計らいで社員になり、その会社が請け負っていたエアコン据え付けの仕事を名古屋で始めるようになったのです」

 エアコン設置といえばピークは夏場。大手家電量販店からの依頼により、多い時で一日10台の取り付けを行うこともある。猛暑の中での作業は過酷そのものだが、当時は結婚直後。新妻のためにも必死で働いた。そのかいもあり、所属先の売り上げは年々右肩上がり。自身も店長、東海地方の支店を束ねるブロック長に昇進するなど、出世街道を歩んだ。仕事の手応えをつかんだ南さんは2005年に独立。翌年「㈱AIREC(アイレック)サービス」を設立し、現在に至っている。

 起業当初の社員はわずか5人も、今では80人を抱え、年商は9億円を誇る。年間のエアコン設置数は東海、関西地方を中心に累計で1万台を超え、自身の年収も選手時代の数倍に跳ね上がった。それでも現状に満足はしない。15年から手がける鍋料理を中心とした飲食業を含め、今も事業拡大に意欲を燃やす。

「会社が儲かっても従業員を大事にしない会社は成長しない。今、うちの社員の半分ぐらいは年収1000万円以上あります。つらい仕事ですが、やればやった分だけ稼げる。それが仕事だし生きがいにもなる。自分自身もあと15年必死に働いて、最終的に60歳ぐらいからのんびりした生活を送りたい。そうなれるよう、会社の売り上げを伸ばし続けたいです」

 エアコン設置というニッチな世界で成功を収めた南さん。将来の隠居生活に向け商魂は尽きない。

☆みなみ・りゅうじ 1972年、大阪府生まれ。天理高から90年ドラフト4位で日本ハム入団。92年に一軍初登板も97年に戦力外通告。98年米独立リーグのセントポール・セインツに入団。同年10月からシューワ㈱の灯油巡回販売員。99年3月に同社入社後、名古屋支店に勤務。2005年に独立。06年にエアコン、家電製品の設置、修理を行う「㈱AIRECサービス」設立。15年から飲食業を始め、17年7月から「KARAKARA 笠寺店」を運営。プロ通算成績は11試合0勝0敗、防御率12.08。身長193センチ、右投げ右打ち。