今だから笑って話せる 不法入国生活エピソード

2018年12月01日 16時30分

メジャー121勝のガヤード(ロイター=USA TODAY Sports)

【元局アナ 青池奈津子の「メジャーオフ通信」=ヨバニ・ガヤード投手(レンジャーズ)】「つまり僕らは不法に米国へやってきたんだ」。メキシコ出身のヨバニ・ガヤード。「育ったのはテキサス」という言葉にもしかして、と恐る恐る食い込んだら「大丈夫だよ。多くの人が同じことを経てきているから珍しくもないし」と、あっさりした様子でこれまでの道のりを語ってくれた。北米にいるメキシコ人にとって不法滞在はある意味、天気の話と同じくらいよくあることだったりするらしい。「うちの場合は僕が2歳ごろかな。父が仕事を求めて母と僕をメキシコに残し、1人で米国に移ったんだ」

 父ホルヘさんは当時20歳くらいだったはず、とヨバニ。母オーラリラさんは1、2歳下と2人はまだ若かったが、家族にもっと恵まれた機会をと、何年になるか分からない別離の選択をした。

「メキシコの給料は米国に比べるとすごく少ないから。倍の時間を働いても、もらえる給料は半分にも満たないくらいで、家族を養おうと思ったらきついんだ。だから父は米国に渡って家族をサポートしようと考えた。幸いにも父の兄たちの何人かが先にテキサスに移っていたから家や仕事探しは助けてもらえたみたい。溶接の仕事を見つけ、家や仕事を安定させ、住民権を獲得して2年くらいで迎えにきてくれた。でもその間、母は僕を1人で育てなきゃならなかったわけで、2人のタフさには頭が上がらないよ」

 父親に住民権があるからといって、すぐに家族にもその権利がおりるわけではない。システムが複雑かつ、よく変更されるため一概には言えないが、この時のガヤード家の場合は「家族の1人が米国の住民権を持ったことで他の家族に対する住民権を申請する権利を得られた」程度にすぎないそう。決められた書類を提出して10年近く、人によっては15年かかってやっと住民権を獲得することができたりする。そこまでは待てないため、ヨバニたちのように違法入国という形で移住してくる移民は、メキシコ人に限らず多くいる。

「本当に長いプロセスだよ。書類を一つひとつクリアしていく必要があって、結局4歳で米国にやってきて、14歳くらいでグリーンカードが届いたのかな。最初は幼かったから何も知らず学校や野球をして楽しく過ごしていたけど、母は(法的に)仕事ができなかったから大変だったと思う。年を取るごとに両親の払ってくれた犠牲の大きさを理解できるようになるよね。あるころから祖父や親戚のいるメキシコに帰らないことに疑問を持ち始めて、僕らにはそんなに簡単なことじゃないって分かるようになったころに住民権が届いたんだ。その時は、ただただ安堵の気持ち。僕はそこからすぐに市民権の申請もしたよ」

 住民権があれば、北米の入国は自由になる。ガヤード家のお祝いは、メキシコの家族を訪れること。「本当に楽しかった。何年も会えなかった人たちに会えたし、父は10人兄弟だから親戚がすごく多くて知らないファミリーメンバーもたくさんいたけど家族は家族。エキサイティングだった」と淡々と話すヨバニがここぞとばかり見せた満面の笑みに幸せな気持ちをもらった。

「僕は父を見て育ったんだ。いい日だろうと悪い日だろうと、毎日仕事へ行ってやらなきゃならないことをこなして帰ってくる。野球も毎日の準備に対するメンタルを保つのが大変だけど、父のようにポジティブに前に進んでいければ大きな結果をもたらすことができるんじゃないかと思うんだ」

 先週の感謝祭に始まったホリデーシーズン。誰もがご家族とのすてきな時間を過ごせていますように。

 ☆ヨバニ・ガヤード 1986年2月27日生まれ。32歳。メキシコ・ミチョアカン州出身。188センチ、95キロ。右投げ右打ち。投手。2004年ドラフトで2巡目に指名されたブルワーズに入団。07年6月にメジャーデビュー。09年から5年連続2桁勝利を挙げ、オールスター戦に初出場した10年には打率2割5分4厘、4本塁打でナ・リーグのシルバースラッガー賞(投手部門)に輝く。今季は春先にレッズからレンジャーズに移籍し、18試合に先発して8勝8敗、防御率6・39。