かつての盟友・前田幸長氏が明かすロッテ福浦の2000安打秘話

2018年09月25日 16時30分

【前田幸長 直球勝負】史上52人目の通算2000安打を達成したロッテの福浦和也内野手(42)を、入団当初から知る本紙評論家・前田幸長氏が祝福した。22日の西武戦(ZOZOマリン)で金字塔を打ち立てた後輩には、前田氏も感無量。投手として伸び悩んでいたころを振り返りながら、知られざるエピソードも公開した。

 あの福浦がここまでの選手になるなんて、彼のロッテ入団当初を知る自分としては想像もできなかった。今でこそ「幕張の安打製造機」とまで称されるが、1994年のプロ1年目に抱いた率直な印象は「たぶん数年で終わってしまうだろうな…」。習志野高校からドラフト7位で投手としてロッテ入り。しかし、どうひいき目に見ても投手としてのセンスが感じられなかった。

 あわや「プロ失格」の烙印を押されかけてしまう事件もあった。94年、ロッテ浦和球場で行われた一、二軍合同の秋季キャンプ。ある日、福浦が寝坊し、午前9時の集合時間から約30分も遅刻する大失態をやらかしてしまった。

 これに就任したばかりだった二軍監督のレン・サカタさんが大激怒。「ゴー・ホーム!」を連呼され、顔面蒼白になって何度も平謝りしていた福浦の姿は、今でもはっきりと覚えている。福浦は「そんなこともありましたねえ…」と恥ずかしそうに苦笑いしながら回想しているが、あの時の屈辱と挫折をバネにしたことが打者転向から大ブレークへの引き金となったのは言うまでもない。

「いろいろな人にお世話になりましたが、打者転向のきっかけは山本功児さんだったですね」

 そう福浦が私に言ったように入団直後、投手を諦めて打者への転向を勧めた当時二軍打撃コーチの功児さんには、やはり感謝してもし切れないようだ。さらに福浦は2004年から3シーズン打撃指導を受けたトム・ロブソン一軍打撃コーチの名も挙げると「よく『パオ! パオ!』と(謎の)掛け声をかけられながら、何度も何度も全力で(バットを)振らされましたよ」と振り返り、屈託のない笑みを浮かべた。

 最後に「お前がまさか、こんなすごい成績を残せるとはなあ」と言うと「見えないところで、人が見ていないところで(練習を)やっていたんです」と白い歯を見せ、こうも続けた。

「今年でプロ25年目。本来なら1950本ぐらいでクビになっていても不思議じゃない。そんな僕にここまでやらせてもらった球団には感謝しかないですよ。前田さんやラブ(伊良部秀輝)さんにかわいがってもらったのも懐かしい思い出です」

 あえてトボけてみせたが、彼が陰ですさまじい努力を積んでいたことはちゃんと知っている。ロッテ一筋に愚直なまでのプロ野球人生を突っ走った結果、つかみ取った栄誉には誰もが最敬礼だ。心の底から賛辞を贈りたい。(本紙評論家)