村田修一独占手記「一番に家族のことを考えた」「指導者になりたいという思いはあります」

2018年08月02日 11時00分

本紙記者に胸の内を明かす村田

 NPB復帰を目指し、BCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスでプレーしてきた村田修一内野手(37)が1日、事実上の今季限りでの現役引退を決断した。タイムリミットに定めたNPBの支配下登録期限(7月31日)まで、わずかな可能性を信じて待ち続けたオファーはついに届かなかった。かけがえのない最愛の家族、仲間とファンへの思い、そして自身の今後…。静かにバットを置くスラッガーが、本紙連載「栃木便り・特別編」で胸中を明かした。

【男・村田の栃木便り:特別編】こんにちは、栃木ゴールデンブレーブスの村田修一です。もう打席に立つことはないのか。そう思うと少し寂しい気持ちもありますが、NPBへの思いに区切りをつけることを決めました。

 ただ、ブレーブスのシーズンが終わるまではプレーを続けようと思っています(公式戦最終戦は9月9日)。僕を拾ってもらい、若い選手たちと一緒に野球をやらせてもらいました。その恩返しをしたい。そして、応援してくれたファンの方にも、もう一度しっかりと僕の野球を見ていただければと思ったからです。相手チームのファンの中にも僕を応援し、サインをもらいに来てくれた方もいます。できる限り、遠征にも帯同して「村田を応援してよかった」と思っていただけるような野球を見せたいと思います。

 小学生から野球を始めて約30年。次の試合のために毎日調整し、何とか野球を続けるための選択をしてきました。しかし、今回は現役を辞めるという初めての選択。野球がなくなる生活は想像がつきません。寂しさはありますが、栃木に行くと決めてから半分は腹をくくっていたことでした。

 現役を辞めても中学校、小学校、幼稚園に通う3人の息子たちを食べさせていかなければなりません。7月に入り、僕の思いを(夫人の)絵美と上の2人には話をしました。「今のところオファーはないし、今月中に誘いがなければ現役を辞める形になる」と。もともと絵美とはそういう“約束”で栃木に来ましたし、想定内だったようです。長男の閏哉(じゅんや)も、僕よりも早い小学4年の時に野球を引退していて「もうスポーツはいいや」なんて言っていました。

 現実問題、僕が単身赴任をしながらもう1年ブレーブスでオファーを待つことはできません。家庭、子育てする上でも厳しいですし、絵美は反抗する年頃の閏哉の弁当を作るために毎朝5時半から動いてくれている。一人ではあまりにも大変です。僕が野球をすることで家族に迷惑をかけてきたのも確か。今年も入学式だったり、なかなかイベントごとも出てあげられなかった。今後は父親として、そういうことにも時間を割いていきたい。

 僕が小さいころ、ウチの親父とお袋はカメラ片手にずっと僕の野球を応援してくれました。仕事はそっちのけでした。そういう親父たちを見てきたからこそ、息子たちを一人前に育てることが僕の仕事かと思います。

 NPBで頑張ってきたのは息子たち、家族のためでした。他の誰のためでもない。現役を辞めて次に進む時も家族のために進みたい。一緒に楽しく笑って生活できるように、一番に家族のことを考えて決断します。

 いい仲間たちにも恵まれました。つい先日は同級生のサネ(実松一成=日本ハム)が顔を出してくれて、ご飯を食べながらいろいろと話をしました。「辞めるのか?」「辞めようと思ってる」。サネは引き下がらなかった。「このオフに(各球団の)体制や監督が変わったりしてオファーがある可能性はゼロじゃない」と言ってくれました。ありがたかったです。ですが、僕の考えは変わりません。

「俺はクビになってからここまでNPBに帰りたい一心でやってきたけど、その期間も可能性はゼロじゃなかった。でも、オファーは来なかった。俺は体制が変わることを待たないし、自分で辞めると思ったタイミングで辞めさせてほしい」と答えました。体制が変わることも運。自由契約になった時も運があるならどこかに拾われていたかもしれない。それがないなら、受け入れて前に進む、進んだ方がいいのではないか。それでもサネは「辞めるなんて言わないでほしい…」って。そんな仲間と一緒に野球をできて幸せでした。

 これから先、家族のもとで何の仕事をできるのか。決まったものはありません。一つ、野球の指導者になりたいという思いはあります。これまでの経験を監督やコーチになって伝えたい。順風満帆なようで、順風満帆な野球人生ではなかったですから…。人の知らないところで、結構揉まれてきました。それでも、しがみつき、壁を打ち破り、それなりの成績を残してきたつもりです。アマチュアでも、プロでやってきた経験からプロで必要なのはこういう選手だと育てるのも一つだと思います。栃木に来て、若い選手たちを教える楽しさを感じることもできました。

 何がベストな選択なのか。それは残された現役生活を続けながら、じっくりと考えたい。これまで野球をやらせてもらったおかげで、息子たちを学校にも行かせることができています。野球には感謝しかありません。これまで僕を応援してくれた方々、本当にありがとうございました。

(栃木ゴールデンブレーブス内野手)