“ナックル姫”吉田えりを直撃「結婚してもママさんナックルボーラーとして野球続けます!」

2018年06月30日 16時30分

ナックルの握りを披露する吉田えり

 かつて「ナックル姫」として注目された吉田えり(26)が、今年4月から栃木県内の女子硬式野球チーム「エイジェック」の監督兼選手として奮闘している。吉田といえば、予測不能な変化を見せる魔球「ナックルボール」を武器に2009年から日米で活躍。米独立リーグでは女子選手として史上2人目となる勝利投手にも輝いた。日米7球団を渡り歩き、今なお現役投手としてプレーする彼女は今、どんな思いで野球に取り組んでいるのか。心境を聞いた。

 ――今年4月に女子硬式野球チーム「エイジェック」の選手兼監督に就任した。経緯は

 吉田:昨シーズンは栃木ゴールデンブレーブスでプレーしていましたが、5月に右鎖骨の後ろの第1肋骨を骨折した影響もあり、自由契約になりました。その後、栃木の運営母体であるエイジェックが女子硬式野球チームをつくる話を聞きまして。古後昌彦会長や山本優司GMからお誘いを頂き、最初は選手兼マネジャーで入り、4月からは監督兼任になりました。

 ――ケガの具合は

 吉田:手術という選択肢もありましたが、自然治癒を選んだので昨年末までは絶対安静で投げられませんでした。まだ、完全に骨は接合していませんが、今は試合でも投げ始めています。

 ――そもそもナックルは男子と対等に戦うために習得した

 吉田:そうです。中学3年で部活動が終わり、男子との体力差も感じる中、今後野球を続けるにはどうすればいいかと考えていました。そんな時、レッドソックスで活躍されていたウェイクフィールド投手のナックルボールに出合いまして。「このボールが投げられれば、私も男子に負けずに野球ができる」と思いました。それが原点です。

 ――「ナックル姫」の愛称は気に入っている

 吉田:当時はまだ10代でしたし、いい名前を付けてもらったな、と思います。ただ、今は26歳ですし、この年齢で「姫」でいいのかなと(笑い)。個人的には「ナックルボーラー」と呼ばれたい。ナックルボールを操る投手としてはそれが一番気持ちがいいですから。

 ――米独立リーグでは女子選手として史上2人目となる勝利も挙げた

 吉田:その時が野球をやってきた中で一番うれしかった。18歳で日本の独立リーグに入りずっと結果が出ない中、もっとうまくなりたい、精度の高いナックルを投げたいと思って19歳で米国に渡ったので。勝った時はあきらめないでよかったなと思いましたし、その瞬間は忘れられません。

 ――米国では苦労した

 吉田:周りの人はみんな優しかったのですが、英語が話せなかったですし、女子選手もいなかったので。それに独立リーグは大半がバス移動の連戦。月曜日を除いて5連戦して、1日移動日でまた5連戦みたいな。4か月で100試合ぐらい。若かったから乗り越えられたのでしょうね。

 ――今春からチームを指揮する立場に。気をつけている点は

 吉田:自分のことだけではなく、選手個々が実力を発揮できるよう指導、サポートをしないといけない。いろいろと勉強しないといけないし、今以上に野球に詳しくならないといけない。それに…。

 ――何か不安でも

 吉田:ずっと男の人の中で野球をしてきたのでファッションとかに興味がなかったのですが、今の女子チームの子たちはみんなおしゃれなので。そこについていけてないのがつらいです。私は独立リーグ時代、私服を着るのは1か月に1回ぐらい。あとはジャージーやユニホームでしたから。先日アウトレットを訪れた時に「MICHAEL KORS(マイケル・コース)」という有名な女性ブランドがあるのですが、私は何も知らなくて「ミサイル・コー」と口にしたらみんなに爆笑されました。女子力も高めていきたいです。

 ――今後の目標は

 吉田:監督としてはチームを強化、活性化しながらエイジェック、女子野球の普及の力になりたいです。個人的な目標は早くケガを完治させてもう一度ナックルボールを磨いてマウンドに立ち続けたい。NPBでプレーすることが夢ですが、何歳になってもやれるところまでやりたいです。最終的にはイチローさんと対戦したい。自分のナックルを打席から見てもらいたいです。

 ――結婚願望は

 吉田:若いころは「24~25歳で結婚」と言ってましたが…。今は「30歳までに結婚」にしてください(笑い)。もちろん結婚して子供が生まれても「お母さんナックルボーラー」として野球は続けます。やっぱり野球が好きですから!

 ☆よしだ・えり 1992年、神奈川県出身。小学低学年から野球を始め、中学では軟式野球部に所属。中3からナックルボールの習得に励む。2008年末に関西独立リーグ・神戸9クルーズに入団。10年5月に米独立リーグ・チコ・アウトローズ入団。11年8月に所属していた同リーグのマウイ・イカイカでリーグ初勝利。12年に関西独立リーグの兵庫ブルーサンダーズで同リーグ初の女性勝利投手。17年11月に女子硬式野球チーム「エイジェック」の選手兼チームディレクターに就任。18年4月から同チームの選手兼監督として現在に至る。日米独立リーグの通算成績は9勝24敗。身長155センチ。右投げ右打ち。