生後2か月で亡くなった息子…家族3人で過ごした3日で得たもの

2018年06月30日 16時30分

ベテラン左腕のヒル(ロイター=USA TODAY Sports)
元局アナ 青池奈津子「メジャー通信」

【リッチ・ヒル投手(ドジャース)】「5000万分の1か、それ以上の確率で起こる遺伝子の異常だったんだ。本当に本当にレアで、原因も亡くなってから2年以上かけてやっとわかったんだよ」

 ドジャースの左腕、リッチ・ヒル。ずっと話してみたいと思っていた選手だ。記者会見などで見せる、声色の変わらない落ち着き払った冷静な態度。笑顔をよく見せるタイプではないので、どこか近寄り難い雰囲気も醸し出していた。邪魔しないようにと恐る恐る頼んだインタビューだったが、心にほんわかな温かみと大きな感謝の気持ちでいっぱいの20分に変わった。

 彼には、生後2か月足らずで亡くなった息子、ブルックス君がいる。

「ギャロウェイ・モワト症候群って言うんだ。ブルックスの場合は滑脳症、脳の裏に多少脳回症があって、脳をつなげる神経細胞が発達せず、さらに先天性ネフローゼ症候群という腎臓が機能していない症状も合わさっていたんだ。腎臓移植を受けても余命は2~5年と宣告された」

 ブルックス君が生まれたのは、2013年12月26日。どれほど悲しみに打ちひしがれたのだろう、と思うと胸が痛む。

「妻ケイトリンの胎盤の羊水が急激に減少したから、出産を早めなければならなかったんだけど、今思うと遺伝子の問題があったからなんだなって思う。事前のエコーでもまったく異常は見つからなくて、元気な赤ちゃんが生まれてくると思っていたから、生まれてそれらがわかった時には、事実を受け止めることがひどくつらかったよ」

 リッチにはもう一人、当時2歳だった(現在6歳)の息子ブライス君がいる。弟ができると楽しみにしていたのに…。

「僕らは、誰のために腎臓移植をするのか。ブルックスのためなのか。僕らが少しでも彼と一緒にいたいからって無理をさせようとしているのか」

 ご夫妻は、悩んだ末、腎臓を移植しても他の症状からずっと痛みと闘い続けなければならないブルックス君の手術を断念する決断をし、自宅で一緒に過ごす選択をした。どれほどの時間が残されているのかは、この段階では分からなかった。

 …3日である。ブルックス君が家にきて、兄ブライス君と家族4人で過ごせたのはたった3日。本当に短い時間だったが、4人で過ごした時間をリッチはとても大切に心に留めている。

「完璧なものは一つもない。ブルックスが生まれてきてくれて僕らが学んだことの一つ。当たり前だと思っちゃいけないんだ。元気な赤ちゃんが生まれてくると思っていたら、そうじゃないことだってある。それでも人生は前に進んでいく。ただ、新しく得た人生の見方、考え方で、僕らはブルックスと一緒に生きているよ」

 ブルックス君が亡くなったのは2014年2月。野球選手であるリッチは、スプリングトレーニングに行かなければならなかった。

「当時在籍していたレッドソックスのGMベン・シェリングトンが必要なだけ時間をとっていい、と言ってくれたおかげで、僕は1~2週間、喪に服してから仕事に復帰できたんだ」

 しかし、戻ってくればいやでも応でも注目を浴びる。「野球をするのも『戻ってきてどう感じるか?』『(一連の)プロセスはどうだったのか?』とメディアからの質問は、本当にしんどかった」

 人生は決して公平ではない。それでも何とか乗り越えようとするリッチの野球人生もまた、大きな山場を迎えようとしていた。=次回に続く=

 ☆リッチ・ヒル 1980年3月11日生まれ。38歳。マサチューセッツ州ボストン生まれ。身長195センチ、体重99キロ。左投げ左打ち。2002年のドラフトで指名されたカブスに入団。05年6月15日にメジャーデビュー。07年は開幕から先発ローテーションに入り、11勝をマーク。オリオールズからレッドソックスへ移籍し、11年のシーズン途中にトミー・ジョン手術を受ける。16年シーズン途中からドジャースでプレーし、17年には2年連続2桁勝利となる12勝を飾った。