【広瀬真徳 裏方で活躍する元選手】

「僕、もう選手じゃないですけど大丈夫ですか?」

 冗談交じりにこう話すのはオリックスで打撃投手を務める古川秀一さん(30)。

 長崎・清峰高から日本文理大を経て2009年ドラフト1位で入団。1年目から中継ぎ左腕として33試合に登板する活躍を見せ、将来を嘱望された。だが、2年目から精彩を欠き15年オフに戦力外通告。6年間の現役生活に別れを告げ16年から現職に転身した。

 現役時代はストライクゾーンの四隅を丁寧に突く必要があった一方、打撃投手は「打者に打たれる球を投げ続ければいい」。プロの投球に比べ単純明快な作業と思われがちだが、実際はまったく異なるという。

「打撃投手にとって一番大事なことは打者目線に立ち、気持ちよく打ってもらうこと。自分勝手にストライクを投げ続けていればいいというものではない。打者一人ひとりの体格は異なるうえ、打つテンポも人それぞれ。そうした選手を相手に限られた時間内で打ちやすいストライクを投げ続ける。これがいかに難しいか。打撃投手1年目は思い悩み、一時期はイップスになったほど。つらかったですよ」

 それでも古川さんはめげなかった。先輩であるベテラン打撃投手に助言をもらいながら努力を重ねた。

 その中の一つが投球フォーム。「たとえば打撃投手は試合のような大きな投球フォームより、小さなフォームの方がテンポ良く制球重視で投げられるとか、そういう工夫は経験しないとわからない。自分なりに研究していくしかないですね」

 今年で打撃投手3年目。「まだまだ今の仕事で『いける』というような感覚はない」と謙虚な古川さんだが、コンディションづくりは今も現役時代と変わらない。シーズン中は毎試合2時間前に球場入り。体幹強化やジョギングに励み、ホームゲームでは全体練習後に40分間に及ぶウエート強化も行う。自分のためだけではない。今は裏方としてチームを支える貴重な“戦力”。その自負があるからこそ仕事のやりがいも感じている。

「ここまでつらいこともありましたが、最近は少しずつ打撃投手として『投げられる』という感覚をつかみ始めている。練習で打者が気持ちよくスタンドインや鋭い当たりを連発して試合で活躍してくれるとやっぱりうれしい。現役の時のように自分の力では何もできませんが、今後も目立たないところでチームに貢献していきたい」

 試合前練習ではチーム内で用具係もこなす古川さん。チームの陰で共に戦っている。

☆ひろせ・まさのり 1973年愛知県名古屋市生まれ。大学在学中からスポーツ紙通信員として英国でサッカー・プレミアリーグ、格闘技を取材。卒業後、夕刊紙、一般紙記者として2001年から07年まで米国に在住。メジャーリーグを中心に、ゴルフ、格闘技、オリンピックを取材。08年に帰国後は主にプロ野球取材に従事。17年からフリーライターとして活動。