2025年6月3日に亡くなった長嶋茂雄氏を偲び、同氏の第2次巨人監督時代を振り返った連載「ハダカの長嶋巨人」を再編集。常に話題の中心にいた「ミスター」を取り巻く人たちを含めた群像劇を、当時の東スポ巨人担当記者が振り返ります。

【ハダカの長嶋巨人#2・長嶋一茂の巻】

 長嶋巨人の取材をしていた中で、今でも強烈な印象が残っているのが長嶋一茂さんとの〝バトル〟の日々だ。東スポの記事をめぐって何度、怒られたことだろう。怒鳴られ、和解し、また怒られて…。今となってはいい思い出だ。

 長嶋監督の長男として常に大きな注目を集め、ヤクルトにドラフト1位で入団。その後、長嶋監督の復帰とともに巨人へ移籍した。そのパワーは「父以上」とも言われ、あまり知られてはいないが、守備力も相当高かった。さらにはいい意味で開けっぴろげな性格で、時には問題発言もバンバン飛び出す…。とにかく申し分ない〝スター性〟を秘めた人だった。

溝口記者の直撃を受ける巨人・長嶋一茂(1995年)
溝口記者の直撃を受ける巨人・長嶋一茂(1995年)

 自分の記事の時はたいてい「おい、溝口! 何なんだこの記事は!」と呼び出されて説教されるのだが、自分の記事じゃないときは「東スポがそんな記事じゃ誰も納得しないぞ! もっと面白い記事を書け!」と叱咤激励してくれた。コーチへの暴言で球団から罰金を科された翌日には「今日の東スポを見せてくれないか。その怒りを試合にぶつけたいんだ」なんてことも…。

 そしてあれは大阪遠征でのこと。当時の巨人ナインは新大阪駅から芦屋の選手宿舎まで、在来線を使って移動していたのだが、その電車の車中、こんなことを言われたこともあった。

「なあ、溝口よ。お前はプロ野球選手をすごいと思ったことがあるのか?」

「はい、もちろんすごいと思ってますよ!」

「どのへんがすごいと思う?」

「うーん、毎日練習しながら年間130試合も出場する体力ですかね…」

「そんなの全然、すごくないよ! 練習しながら試合するのなんて当たり前じゃんか。それよりな、ホームランを打つのって本当に大変なんだぞ。練習でだって、そう簡単に打てるもんじゃない。だから、試合でホームランを打てる選手っていうのはすごいんだ!」

「はあ、そういうものなんですか…」

「だからお前もオレのことをもっと尊敬しろ!」

 おそらく一茂さん、あまりにも東スポでボロクソに書かれるもんだからへこんでいたのだろう。でも、ホームランを打つことよりも、いつもストレートに感情をぶつけてきてくれたことに、今も「すごく」感謝している。