【女子ボートレーサー・インタビュー 宮崎安奈(26=埼玉)前編】
――バスケットボール女子日本リーグ・Wリーグの「新潟アルビレックス」に在籍。プロ選手として活躍していた
宮崎 小学校からバスケットを11年間やってきて、トップリーグで2年間できましたが、身長(155センチ)が低くて、その部分で限界を感じていました。バスケはいったん、区切りをつけていいのかな、と思いました。
――バスケットボール〝卒業〟後は
宮崎 バスケしかしてこなかったので、普通の生活というか、普通に働いて普通に暮らすことを考えていました。別のスポーツを仕事にするつもりは、全然ありませんでした。
――ボートレーサーを目指すきっかけは
宮崎 父に勧められました。身長が小さくてもやれる、こういう職業もあるよ、と言われて…。そうところから、やってみようと思いました。
――ボートレーサー養成所での生活は
宮崎 ゼロからスタートというのは自分の中ではすごい大変な部分でした。ずっとバスケをしてきている中で、できないことがあまりなかった。その中で、初めて何も分からないところからスタート。自分が頭の中でやりたいと思ったことと、それができないことのギャップが大きすぎて大変でした。でも、しんどいながらも成長できた時間でした。
――続けることができた原動力は
宮崎 試験に受かって養成所に入ったからには、しっかり卒業するところまで行きたい、という思いはありました。中途半端な気持ちで入ったわけではないので、入ったからには、しっかりやりたいという気持ちがあったので頑張りました。
――2021年5月21日に戸田でデビュー。その時の心境は
宮崎 もう、とにかく緊張してました。
――初勝利は2022年6月9日。多摩川ヴィーナスシリーズ4日目9R4号艇(4コース)で決まり手は「まくり」。デビューから1年1か月での水神祭となった
宮崎 うれしいというよりはホッとした、安心したところの方が大きかったですね。勝つことが目標だったので。
――2025年後期適用勝率は4・60。前期の3・66から1点近くアップ。その要因は
宮崎 一番は師匠の存在ですね。佐藤翼さんについたのが大きいです。気持ちの部分とかのアドバイスなどもいただいて、心構えも変わって大きく成長できているのかな。それが成績に出ているんじゃないかなと思っています。
――弟子入りした時期は
宮崎 昨年11月の戸田から師匠になってもらいました。
――きっかけは
宮崎 以前から機会があった時には話をしていて、ずっと「佐藤さんにつきたいな」と思っていました。それで考えて考えて…、お願いしました。「一緒に頑張ろうか」と言ってもらえました。連絡はしっかり取ってアドバイスとかもらっています。
――埼玉支部の雰囲気は
宮崎 練習環境が良くて、しっかり練習できる部分をつくっていただいている。そこで練習できているのは大きいし、感謝しています。練習に行けば必ず先輩が来ていて教えていただける。練習を見てくれるので、すごい心強いし、ありがたいですね。













