〝プロレスリングマスター〟ことノアの武藤敬司(60)が、21日の東京ドーム大会で引退試合を迎える。最後の相手を務めるのは、新日本プロレスの内藤哲也(40)。輝かしい功績を残したレスラー人生の集大成となる一戦に向け、前日会見では負傷を抱える両太ももの〝完治〟を強調すると、ラストマッチでの快勝を宣言し、終始落ち着いた様子だった。大一番を目前に控えても、不動心を貫けるのはなぜなのか? 根底にあるのは「敗者の美学」だと胸中を激白した。

 20日の前日会見に内藤と出席した武藤は、驚くほど落ち着き払っていた。対戦相手を前にしても「心配をかけたかもしれないけど、明日は内藤選手を思いっきりぶちのめします」と涼しい表情で決意を口にした。

 1月22日の横浜大会では化身である〝魔界の住人〟グレート・ムタが両太ももを肉離れ。全治6週間と診断された。それでも「レスラーというのはヒーローじゃなきゃいけない。スーパーマンでなきゃいけない。俺もレスラーということで、もう大丈夫です」と断言。この1か月の痛みとの闘いを振り返りつつ「そのストレスを明日、すべてぶつけ解放されたいと思っています」と語った。

 相手は業界のトップ戦線で活躍する20歳下の内藤。手負いの武藤にとっては決して楽観視できる戦いではないが、根底にある武藤流の〝哲学〟が強靱なメンタルをつくり上げている。

 武藤は「レスラーにとって大事なのは、負けなんだよ。ある意味で勝利よりも大事かもしれねえ」と切り出すと「俺たちってさ、負けから這い上がる姿をいかに見せられるかなんだと思うんだよ。俺だって負けてばっかりだ」と説明した。

会見では「ぶちのめす」と猛々しく宣言
会見では「ぶちのめす」と猛々しく宣言

 輝かしく思える経歴だが、確かに大一番で辛酸をなめることも多かった。1991年に初開催された新日本プロレス「G1クライマックス」では8月11日両国大会の優勝決定戦に進出するも、同期の蝶野正洋に敗れて優勝を逃した。

 ムタもIWGPヘビー級王座を保持した93年5月3日の福岡大会では、WWF世界ヘビー級王者ハルク・ホーガンと世界注目の頂上対決に臨みアックスボンバーに沈んでいる。また、94年5月1日の福岡大会では、アントニオ猪木の引退ロード第1弾で対戦。ムタが毒霧で顔面を緑に染めるも、スリーパーからの押さえ込みで敗れた。

 近年でも2021年6月6日のさいたま大会で、GHCヘビー級王者だった武藤は丸藤正道とV3戦で激突。両ヒザの人工関節置換術を受けて以降、医師から禁じられていたムーンサルトプレスを解禁し大きな話題を呼んだが、結果は敗れている。

 これらの負けも、勝ち試合と同様にインパクトを残した自負がある武藤は「みんな誰だって生きていれば、勝ちよりも負けの方が多いものなんだよ。ずっと負けが続く時期だってある」と語る。

 その上で「だからこそレスラーはお客に、立ち上がる姿を見せなきゃいけないんだよ。当たって砕けていいんだよ。当たって砕けてからもう一度立ち上がって、当たればいい。お客はその姿が見たいんだ」。どんな過酷な試合でも最後まで諦めない姿勢で、ファンに勇気や元気を与えるのが〝本当の仕事〟だと力説。内藤戦では職務を全うする自信があるのだ。

 美学を貫くプロレス界の天才が、現役最後も最高の〝作品〟を残す。