超人伝説に終わりなし――。阪神・糸井嘉男外野手(41)が引退試合となった22日の広島戦(甲子園)に2―4の5回に代打で登場し、1755本目の安打で19年のプロ生活に幕を下ろした。試合後のセレモニーでは愛称の「超人」を「最初は羽の生えた鳥人かと思っていました」と笑わせ、最後は両親やファン、野球を通じて出会えた人々への感謝と「僕の野球人生は本当に幸せでした。密でした」で締めた。そんな唯一無二のスターの知られざる一面を本紙虎番記者が明かす。

 ユニークな言動から「宇宙人」と呼ばれるなど個性派のイメージは強いが、一方で〝そんなに〟とビックリするほど責任感の強い男でもある。

 糸井のピュアな一面を見たのは日本ハム担当時代の2011年のこと。梨田監督のもとで野手転向後初めて、中堅のレギュラーを獲得。3番を打ち、走攻守で全盛期を迎えようとしていた。

 チームは西武と激しい首位争いを繰り広げていた中で〝事件〟が起きたのは、8月下旬の敵地での西武3連戦だった。カード初戦を落とし、自力Vが消滅。その翌朝に、一部で「梨田監督退任濃厚、新監督に栗山英樹氏が浮上」と監督人事に関する報道が出た。

 その朝に、記者がチーム宿舎のロビーにいると「新聞ありますか?」と血相を変えて寄ってきたのが糸井だった。「どこかで聞きつけたんだな」と記者はその日の全朝刊スポーツ紙を手渡すと、監督の人事報道を扱った某紙にロックオン。従業員も振り向くほどの声で「あ~」と漏らし、頭を抱え、その胸中を吐き出した。

「お、俺のせいだ~」

 前夜の試合で糸井は守備の判断ミスを犯し、それが引き金で、西武に手痛い逆転負けを喫した。とはいえ、試合中の選手のミスと人事に因果関係などあるはずがない。記者が「嘉男の昨日のミスとは関係ないと思うよ」と必死になだめても「これから何とかなる?『退任濃厚』の〝濃厚〟って何%ぐらい?」と、しばらく引きずっていた。

 それから糸井は以前にも増して打ちまくったが、チームは結局2位でフィニッシュ。報道の通り梨田監督は勇退し、翌年から栗山監督が指揮を執った。

 シーズン後、野暮とは思いつつ改めて「なぜあの時、そこまで?」と聞くと、糸井は「俺、1回クビ(投手から野手に転向)になっているじゃないですか」と切り出し、真顔でこう応えた。

「梨田監督になってから初めて野手でレギュラーとして使ってもらうようになって。期待してもらった以上、使ってもらった以上は結果で応えるのがプロやし、監督を胴上げして、初めて恩返しができると思っていたので。それがかなわないのは…」

 投手でプロの世界に飛び込み、3年目で野手転向。その実力を見抜き、一軍に抜擢したのが梨田監督だった。そんな恩人に何も恩返しできないまま終わってしまうことが受け入れられなかったのだろう。

 その後も日本ハムで栗山監督、13年からオリックスで森脇監督→福良監督、17年から阪神で金本監督→矢野監督と合計6人の監督に仕えたが、そのたびに「監督を胴上げしたい」という言葉を発していた。必要としてもらった以上、成果で報いたい――。ダイヤモンドの中の糸井は決して「天然」ではなく、責任感あふれる「職人気質」のプロ野球選手だった。

(阪神担当・赤坂高志)