【気になるあの人を追跡調査!野球探偵の備忘録(10)】甲子園での投手酷使が問題化する近年、タイブレーク制導入や球数制限などが盛んに議論されているが、今からおよそ25年前、球数論争の発端にもなった一人の投手がいた。甲子園が最後のマウンドとなった悲劇のエースは何を思うのか。自らの腕と引き換えに母校沖縄水産を2年連続となる甲子園準優勝に導き、その後プロでも活躍した大野倫さん(42)の今を追った。

「記事が独り歩きしてしまった。栽先生に矛先が向いてしまい、本当に申し訳なかった」

 当時を振り返り、大野さんはそう語り始めた。

 沖縄水産でエースとなった3年春、ダブルヘッダーの練習試合で18イニングを投げた大野さんは、右ヒジに違和感を感じた。だが、チームに迷惑はかけられない。医者にすら行かず、夏の県大会初戦から痛みを押して完投を続けた。

「前年が準優勝だったので、自然と今年は優勝という雰囲気の中、誰にも言いだせなかった。腕をかばうような投球をしていたら、チームメートから『お前のせいで甲子園行けんかったら一生恨むからな』と言われたり」

 このとき、すでに右ヒジは疲労骨折を起こしていた。痛みが限界に達した県大会準決勝の前、初めて栽弘義監督に症状を明かした。

「それからは『いけるか?』『いけます』という感じ。腕はもうグチャグチャだったんですが、痛み止めを打てば、まだなんとか振れたので」

 満身創痍の体を注射でだましながら、甲子園でも登板を続けた。

「試合が終わるとすぐに監督室で治療。佐賀に腕のいい整体師がいるというので、期間中に泊まりがけで診てもらいに行ったり。整体師、鍼灸師、揚げ句の果てには霊媒師まで(笑い)。とにかく、手を尽くせることは全部尽くしました」

 決勝では、当時初出場の大阪桐蔭に8―13で敗退。同時に、大野さんの投手生命はこの試合で絶たれた。閉会式では、腕を真っすぐに伸ばすことすらできなくなっていた。

 栽監督の行き過ぎた采配には、多くの批判が寄せられた。今現在に至る投げ過ぎ問題の口火となる出来事だった。そして、こんな記事が出回る。

「いつか監督を殺してやる。毎日そればっかり考えていました。一日として監督を恨まない日はなかった」

 九州共立大のとき、取材に答えた大野さんの言葉だが「あれは記者の捏造(ねつぞう)。作り話です」と否定する。「『当時こう思ったことはなかった?』と乗せられて、まるでそれが本心みたいに書かれてしまった。書いたやつこそ“いつか…”って思ってます。まあ、冗談ですけど(笑い)」。こんな裏話もある。「記事が出たとき、周囲からは散々怒られました。でも栽先生だけは『大野がこんなことを言うはずがない』と、はなから信じていなかった。救われましたね」

 大学では外野手に転向するも実績を残し、1995年のドラフト5位で巨人に入団する。

「プロに入ったあと『大野はピッチャーで行かせたかった』と栽先生がおっしゃっていたと人づてに聞きました。もちろん、僕だって万全の状態で3年間やっていたらというのは考えた。でも、それはたらればの話なので」

 2002年に現役を引退後は、営業マンを経て九州共立大に赴任。12年ぶりに故郷に帰ってきた大野さんは、栽監督のもとを訪ねた。

「『そうか、戻ってきたか。これからどうするんだ』と話したのが最後の会話。栽先生とお酒を飲むのが目標だったんですが、100年早いなと思ってるうちに…」。1週間後、栽監督は65年の生涯に幕を閉じる。結局、6試合連続登板の話をしたことは一度もなかった。

 現在は自身が立ち上げた「うるま東ボーイズ」の監督として指導にあたる。

「ボーイズでは1日7イニング、ダブルヘッダー禁止などが定められている。そういったものに共感して。ルールがないとどうしても勝ちたい場面でエースを引っ張ってしまうので」

 今でも、栽監督のやり方は正しかったと思うか。核心を直撃すると、少し考えたあと、こんな答えが返ってきた。

「自分が監督でも、まったく同じ状況、仮に投手がその子しかいなかったら、そうします。だからこそ、ルールとして、そうならないような状況を整備することが必要なんです」

 悲劇のエースは今「ルール」の必要性を訴え続けている。

 ☆おおの・りん 1973年4月3日生まれ。沖縄県うるま市出身。田場小1年時に野球を始める。沖縄水産では2年夏に外野手として甲子園出場し、県勢初の準優勝。エースで4番を任された翌年夏も、2年連続となる準優勝。卒業後は九州共立大に進学。外野手として大学日本代表にも選出され、95年のドラフト5位で巨人入団。2000年オフにダイエー移籍。02年現役引退。福岡で会社員を経て07年に母校の九州共立大に復帰。現在は福原学園沖縄事務所長として入試広報などの業務をこなすかたわら「うるま東ボーイズ」の監督として後進の指導にあたる。185センチ、85キロ。右投げ右打ち。