レツゴー三匹・長作さんが見せていた舞台への執念

2018年02月05日 16時30分

(左から)レツゴー三匹のレツゴーじゅんさん、レツゴー正児、レツゴー長作さん

 漫才トリオ「レツゴー三匹」のメンバーで俳優としても活躍したレツゴー長作(本名・永原誠)さんが1日午後8時35分、肺がんのため大阪市内の病院で亡くなっていたことが分かった。所属する松竹芸能が発表した。74歳だった。通夜、告別式はすでに営まれたという。最後の舞台は2016年3月27日、道頓堀角座の昼席となってしまったが、長作さんは誰よりも“舞台”への強い思いを見せていた。

 長作さんは1964年、松竹新喜劇に入団し、2代目渋谷天外に弟子入り。69年にレツゴー正児(77)、故レツゴーじゅんさんから誘われる形で「レツゴー三匹」を結成した。73年の上方漫才大賞を受賞するなど、昭和後期の漫才ブーム到来前から活躍し、一時代を築いた。

 じゅんさんが事務所を移籍したこともあって、レツゴー三匹として3人が揃って舞台に立ったのは2009年8月30日に大阪松竹座で行われた落語家・三代目桂春蝶の襲名披露公演が最後だった。15年ぶりとなる漫才だったが「じゅんで~す。長作で~す。三波春夫でございます」とおなじみの自己紹介を披露し、笑いを誘った。

 14年5月にはじゅんさんが死去。長作さんは「数年会っておらず一番若いじゅんが一番先にいってしまうなんて。今は実感がありません。つらいとか悲しいとか通り越して、頭の中でじゅんとの思い出が走馬灯のように巡っています」と話していた。

 事務所によると、肺がんは16年3月末に見つかった。進行性がんだったため、完治はしないと言われていたが、抗がん剤、放射線治療を続け入退院を繰り返していた。当初は治療の効果もみられたが、昨年12月18日からは緩和ケアに移行。長男、長女、次女には「家族仲良く、お母さんを大切に」と話していたそうで、最期は夫人と子供たちにみとられたという。

「レツゴー三匹」が漫才を行わなくなってからも、俳優として精力的に活動を続け、99年度のNHK連続テレビ小説「あすか」などに出演していた長作さん。完治しないとの宣告にもかかわらず、治療を続けたのは“舞台に上がる”という強い思いがあったようだ。

 長作さんを知る関係者によると、長作さんはずっと「何か余興があったら呼んで」と話していたという。12年4月に天満天神繁昌亭で三味線漫談を披露した際には、自らユーチューブに動画をアップ。「何かしらのオファーにつながると思っていたのだろう」(前同)

 昨春に上演予定だった舞台「おもろい女」への出演も予定していたが、同2月に体調不良のため休演を発表。事務所は「重篤な病気ではない」と説明していたが、すでに肺がんを患っていた時期。病気を見せたくないという長作さんの意思が反映されていたのかもしれない。

「レツゴー三匹」では一番口数が少なかったが、誰よりも舞台に執念を燃やした芸人がこの世を去った。