「得点王」大久保が香川、柿谷に愛のダメ出し

2014年01月02日 00時00分

大久保「Jリーグで点を取って結果出す」

 2014年はブラジルW杯イヤーだ。1次リーグの対戦相手がコートジボワール、ギリシャ、コロンビアに決まり、日本代表への期待はいやが上にも高まる。 サッカーへの注目度も急上昇するなか、13年J1得点王に輝いた元日本代表FW大久保嘉人(31=川崎)が本紙独占インタビューで激白。代表復帰を熱望す るストライカーは、元日本代表FW中山雅史氏(46)の持つJリーグ最多得点記録更新から、代表で活躍するC大阪時代の後輩たちまで、思いの丈を語り尽く した。

 ――昨季はJ1通算100ゴールを達成し、シーズン26得点で初の得点王を獲得した

 大久保:プレースタイルは 全く変わってないけど、最初の選択肢がパスではなく、ゴールを考えてやれるのは違うかな。すごい覚悟で(川崎に)来たし、ここで結果が出なければ、俺はダ メなんだと…。ここまで点を取れるとは思わなかったけど、これが本当の俺なんだと証明できた。

 ――中山氏のJ1最多157得点も狙える

 大久保:まだまだですよ。でも、ドンドン取りたいし、そこを目標にしなきゃいけない。記録は光栄ですし、ずっと名前の残る選手になりたいと思いやってきたので。あとはJリーグで優勝したい。やっぱり優勝はいいですよ。チームで喜び合えるから。

 ――理想のFW像は

  大久保:小学生の時は(ブラジル代表FW)ロマーリオが好きでした。(1994年)米国W杯で初めて見て、それからですね。何でもできる選手の方が好きか な。FWならFWしかできない人の方が多いけど、中盤に下がってゲームの組み立てもできる、スルーパスも出せる、理想はそういう選手ですかね。

 ――Jリーグには若いストライカーが育ってきた

  大久保:(柿谷)曜一朗(23=C大阪)は伸びてきましたね。まだまだとは思いますけど。きれいすぎるので、もっと泥臭くいかないとダメ。きれいにやるの は日本人じゃ無理。海外選手はきれいなプレーするけど、その分、体も強いですし、だから取られないというのもある。本気で試合をするW杯では難しくなるか もしれないから、そこを意識すればアイツも絶対にできる。

 ――柿谷は日本代表でなかなか得点を決められず批判を受けたが、ようやく11月のベルギー戦で決めた

  大久保:あれは誰でも決められる(笑い)。(DF)酒井宏樹(23=ハノーバー)のセンタリングが良かったからね。でも、あそこ(ポジション)に入ってい るのがストライカーだし、ゴールを取り続けることが大事。そこが求められるし、たかが何試合(ゴールを)取ってないだけで叩かれる。そういうポジションで すからね。

 ――ジーコジャパン時代、自身も代表で10試合以上も得点がなかった

 大久保:逆に入れた時はうれしいですし。それがあるから、点を取った時の快感はたまらない。だから曜一朗の気持ちは分かる。

 ――C大阪時代の後輩では柿谷ともう一人、FW香川真司(23=マンチェスター・ユナイテッド)とも親交が深い。「アニキ」と慕われている

  大久保:(日本に)帰ってきたら、うちに来るんですよ。子供もなついてますね。真司と一緒にやったのは(C大阪で)半年だったけど、代表では一緒だった。 普段は真司から連絡が来て「何してるんですか?」「何もしてへんわ」と。サッカーの話はなく、たわいもない話ですね。南アフリカW杯では(サポート枠の) 真司は3人部屋だったので、毎日遊びに行ってましたね。アイツのベッドでゴロゴロして「どうや?」って。

 ――そこからドイツのドルトムントで活躍し、マンUに移籍した

  大久保:マンUに行くなんて…。全然思ってもいなかった。でも今は全然ダメ。ドルトムント時代は良かったけど、マンUでは良くない。チームの戦い方も違う が、真司も遠慮しているようにしか見えない。まあ(マンUは)あのメンバーだから遠慮もするでしょうけどね。できれば思い切ってやってほしい。

 ――W杯に向け大久保選手の代表入りを推す声は多い

 大久保:選ばれたらもちろん喜んで協力します。だからといって、自分では何もできないですからね。Jリーグで点を取って結果出す。それをやり続けていくしかないと思ってます。

☆ おおくぼ・よしと=1982年6月9日生まれ。福岡県出身。国見高(長崎)では2000年に高校3冠を獲得し、01年C大阪に入団。05年にマジョルカ (スペイン)に移籍した。その後はC大阪→神戸→ボルフスブルク(ドイツ)→神戸と渡り歩き、13年に川崎入り。7月にJ1通算100ゴールを達成した。 日本代表は03年に初招集。国際Aマッチ54試合で5得点。04年アテネ五輪と10年南アフリカW杯に出場した。170センチ、73キロ。