昭和のプロレス。四方山話

発掘した古いネガから思い出話を語る

木村さんの犬

スポーツ2010年03月09日 03:55 | フォルダ : プロレス

関連キーワード :プロレスラッシャー木村愛犬

 雪駄に着流しスタイルで犬に引っ張られているラッシャー木村さん。
   
1975年6月、当時東スポが発行していたプロレス専門のタブロイド紙「カラーグラフ」用に特写した時の写真。
残念ながらこの写真を掲載した新聞はもう残ってないので犬の名前は確認できなかったが、もしかして熊五郎? それとも熊五郎の親かな?
熊五郎・・・この名前を聞いて「アッ!」と思うのはアントニオ猪木vsはぐれ国際軍団の抗争に熱くなっていた世代だろう。
1981年10月から始まった猪木とラッシャー木村、アニマル浜口、寺西勇のはぐれ国際軍団の3人による抗争は、国際軍団の見事なヒールっぷりが新日ファンの怒りを買った。
ゴールデンタイムで放送していたテレビの視聴率が20%を超えていた時代。
熱くなり過ぎたファンは木村さんの自宅にまで押しかけ、石を投げたり騒いだりしたという。
そのせいで、ストレスから円形脱毛症になったという愛犬の名前が熊五郎だった。
それにしても、この抗争は取材しているこっちまで熱くなったものだ。

1983年2月、国際軍団の西伊豆・雲見温泉合宿を取材した時に、この犬の話は木村さんから直接聞いたことがある。
練習が終わった後、国際プロレス時代から懇意にしていた民宿「忠右衛門」で宴会となった時のこと、宿の主人だったおばあちゃんに「犬の散歩をしてると全然知らない人に悪いことするなって罵倒されるんですよ。家に石まで投げられるし・・・」と告白した。
そして「ホントはこんな(悪い)ことしたくないんですけどね・・・。(国際がなくなって)辞めようと思ったけど、私がやらないと浜口や寺西が困るから・・・」
散々酒を飲んで騒いだ後、酔っ払っていた私はそれを聞いてふいに涙がこぼれた。
泣いている私を見て、浜口さんは喜んでいたっけ・・・。

その後、木村さんはUWFを経て全日本~ノアに安住の地を見つけた。
引退してからは、故三沢光晴さんの通夜に姿を見せたきりだが元気でいるのだろうか?

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