日本のエースは「うつ」ではないのか――。女子テニスの世界ランキング2位・大坂なおみ(23=日清食品)が公表したうつをめぐり、国内メディアの報道が過熱する中、NHKが一線を画している。同局は一貫して「うつ」ではなく「気分の落ち込み」と伝えているのだ。日本の公共放送はなぜ、病名の表記を避けているのか、追跡した。

 大坂が日本時間1日、106万人のフォロワーを抱えるツイッターで「I have suffered long bouts of depression――」などとうつを告白した英文の声明で、キーワードとなったのは「depression」だった。日本語で「うつ病」「気持ちの落ち込み」などを意味する。国内のメディアは相次いで「うつ」「うつ症状」と報じた。

 ただ、主要メディアで唯一、NHKの電子版は「うつ」「うつ症状」とせず、1日の第1報から一貫して「長い間、気分が落ち込むことがあって――」と「気分が落ち込む」の表記で統一している。

 この報道を受けて議論が起きた。

「NHKはなぜ、『気分が落ち込む』で通しているのかとザワつきました。『うつ』『うつ症状』と『気分の落ち込み』はニュアンスが異なりますから」(民放テレビ局関係者)

 実際のところ、どんな症状なのか不明だ。大坂はかねて、政治的な考えも含めて自身の思いをツイッターで盛んに発信している。今回のうつ告白も同様だったため、「大坂選手がホントに伝えたかったのはうつ・うつ症状なのか、気分の落ち込みなのかハッキリしない面があります」(同)。

 NHKが「気分が落ち込む」で統一していることには、「大坂選手が診断書の存在に触れたり、担当医が会見したりといったことがないため、『気分が落ち込む』としたのでは」(同)というのが、各局関係者の大方の見方だ。

 NHK広報局に「気分が落ち込む」で統一している理由を聞いてみると、「取材に基づき、表現しています」とだけ回答した。

 日本語訳をめぐる報道はしばしば論争になる。

 最近でも、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が5月、新型コロナウイルス禍で東京五輪開催を実現するために「我々は犠牲を払わなければならない」と発言。「我々」は「日本国民を指すのか!?」とバッシングされたばかりだ。慌てたIOCの広報担当者は「日本国民にではなく五輪関係者、五輪運動に向けた発言」と火消しの釈明に追われた。

 昔と比べ、メンタルヘルスについては世間の理解が少しずつ深まってきている。うつはタブー視せず、周囲が理解を深めることが必要だ。

 渦中の大坂は年収が6000万ドル(約66億円)となり、女性アスリートで史上最高額を更新したと米経済誌フォーブス(電子版)に3日、報じられた。契約を結ぶスポンサー数は20社超。同誌では、大坂のうつの告白が「ブランドへのダメージは全くない」との識者のコメントも紹介されている。

 改めて、世界的な影響力を誇るインフルエンサーと裏づけられた。それだけに「今はしっかり休んで、会見に応じられる状態になったら症状を説明してもらい、うつの理解の浸透にも力を貸してもらえれば」と、前出民放テレビ局関係者は静かに願っている。