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PL学園OBがすべて語った「桑田巨人 ドラフト密約の真実」


入団会見で桑田は両腕を大きく広げながらジャンプしてして喜んだ(1985年12月26日)

 今年で高校野球は100年を迎える。甲子園球場では数えきれないドラマが生まれた。しかし、“悲劇”もある。今から30年前、1985年のドラフト会議で球界を揺るがす大事件が起こった。PL学園の清原和博と相思相愛と見られていた巨人が、同じPL学園で早大進学を公言していた桑田真澄を強行指名。巨人に裏切られた清原は人目をはばからず号泣し、前言を翻して巨人に入団した桑田には、以降ダーティーなイメージがついてまわった。果たして当時ささやかれた巨人と桑田家の間に「密約」はあったのか。そして本当の黒幕とは…。事件から四半世紀以上が過ぎた今、PL学園OBで本紙評論家の得津高宏氏が、衝撃告白した。

「第1回選択希望選手 読売 桑田真澄 17歳 投手 PL学園高校」

 その瞬間、東京・九段のホテルグランドパレスのドラフト会場は一瞬、凍りついた。やがて巨人以外の球団のテーブルはざわつきだし、記者たちは「やりやがった!」「密約だ!」などと大騒ぎ。だがこの時、ロッテのスカウトとして会場にいた私は「やられた」というより「やはりな…」という気持ちのほうが強かった。それは私だけではなく、きっと他球団のスカウトも同じ。「桑田と巨人はデキている」。確かにそう思われても仕方のない“状況証拠”はいくらでもあった。

 実際、私は桑田の「巨人入り」を確信していた。当時の12球団のスカウトでPL学園OBは私だけ。だから私はスカウトとして接触できなくても、OBとして桑田と清原には話をすることができた。

「巨人と阪神以外なら日本生命」としていた清原は、私には「得津さんすみません! ジャイアンツだけなんです。お願いですから指名しないでください」とできるだけ競合球団を減らしてほしくて、そう言っていたし、桑田は「ボクは大学に行きたいんです。プロはどこの球団にも行きません」。だが、私が「もし、巨人から指名されたらどうするんだ?」と聞いたら…。答えることはできなかった。そして親友の清原が巨人入りを熱望している手前「ボクも巨人に行きたいんです」とは言えない性格だということもわかっている。桑田もまた、ウソはつけない純粋な高校生だった。

 だから私はロッテのスカウト部長の高木さんに「桑田はダメですわ」と報告している。それでもかわいい後輩が、自分を殺しながらも「もし、巨人が指名してくれたら…」という思いを胸に秘めていたことがわかった。応援してやりたいと思った。その後は契約金の明細書を渡して「プロに入ったらこれぐらいもらえるぞ」なんて話もしたし、周囲の声に惑わされてほしくなかったから「自分のレールは自分で敷けよ」という言葉もかけた。

 そんなある日、桑田から電話がかかってきた。ドラフトの直前で、東京まで出てきているという。「どうしたらいいでしょうか」というから「悩んでいるなら家に来いよ」と、桑田の両親に連絡を入れて私の自宅に泊まらせた。ゆっくり考える時間が必要だと思ったから、とくにああしろ、こうしろとは言わなかった。

 私の家では私の中学生の娘とキャッチボールをしたり、ゲームをしたりテレビを見たり…。女房の裕子には少年時代の話を打ち明けたそうだ。

「ボク、寒天を煮ながら考え事をするのが好きなんです。パンの耳をもらってきて揚げて食べたこともあったなあ。苦労したから、お母さんやお姉ちゃん、弟を大事にしたいんです」

 一部マスコミには「桑田が行方不明」とも騒がれた、1泊2日の極秘旅行を終えた桑田は、そうして大阪へと帰っていった。あこがれの巨人でプレーして、家族を楽にさせてあげたい。その後に巨人の指名を受けた桑田が、早大進学を撤回したのも、私にしてみれば自然な流れだった。

 ただ、そんな桑田の純粋な気持ちを利用したのが、周囲の大人たちだった。「桑田は巨人に指名されれば入団する」。それを誰よりも知っていたのは、PL学園野球部の元監督で、その後はPLのらつ腕スカウトとしてPL黄金時代を築いた井元俊秀さん(79=現秋田・明桜高スカウト)。全国の有望な中学生を見いだす眼力とネットワークもさることながら、プロのスカウトでこの人を知らない人はいないほど。一部では「黒幕」として恐れられるなど、12球団に幅広い人脈を持っていた。

 当時の野球部員の進路は井元さんが一手に引き受けており、この時の桑田も井元さんが付きっきりだった。巨人の強行指名後、PLの中村監督と高木部長がなんとか早大に行かせようと桑田を説得したことでもわかるように、PLとしては今後の付き合いもあるため早大に行ってもらわなければ困ったのだが…。井元さんはPLの人間にもかかわらず桑田の意思を尊重しようとした。それが「早大進学を公言させて他球団を降ろさせ、巨人が一本釣り」という井元さんのシナリオだったのだから当然だろう。

 あのころのPL野球部には巨人の伊藤菊雄スカウトの息子が在籍していた。そのため桑田の父・泰次さんと、伊藤スカウトの関係も疑われたりしたが、その泰次さんは井元さんにドラフト後「真澄くんのために、お父さんが悪者になってくれ」と言われている。

 密約は伊藤菊―井元の筋書き…。当時のスカウトたちの認識はそんなところだった。

☆とくつ・たかひろ=1947年4月12日生まれ。68歳。和歌山出身。左投げ左打ち。PL学園―クラレ岡山を経て、66年第1次ドラフト6位で東京(現ロッテ)に入団。74年の日本一に貢献する。76年にサイクル安打を達成。77年オールスター出場。78年には176打席連続無三振を記録した。82年に現役を引退すると、83年からスカウトに転身。87年からは打撃コーチを務めた。通算成績は実働16年で1305試合に出場し、打率2割8分8厘、41本塁打、368打点。

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