12日に東日本を襲った台風19号は、各地で多くの死者、行方不明者を出す大災害となった。そんな中で話題となっているのが、神奈川県川崎市中原区の武蔵小杉駅周辺の武蔵小杉エリア(通称ムサコ)だ。この付近で多摩川は氾濫しなかったが、街のあちこちで雨水を多摩川に流すはずの下水道の逆流が原因とみられる浸水・冠水被害に遭った。タワーマンションの建設ラッシュで「住みたい街ランキング」で上位に入る人気を誇ってきた同エリアだが、専門家は今後、資産価値の下落は避けられないとみている。

 高さ100メートルを超えるタワマンが駅周辺に14棟も林立するムサコで、急ピッチで復旧作業が行われているのは、駅前に立つ47階建てのマンションだ。

 2008年に完成したタワマンで、ムサコ発展のシンボル的な存在だったが、台風19号でマンションの地下が浸水し、電気設備がダウン。自家発電設備のある上層階は無事だったが、低層階が停電と断水被害に見舞われた。排水作業を行っているものの15日現在、復旧の見通しがついていない。被害があったのはタワマンだけではなく、周辺一帯に及ぶ。

 川崎市によれば中原区は720軒が浸水し、600軒が停電した。市担当者は「多摩川からの越水は確認されていない。下水が逆流した可能性は原因の一つで考えられるが現在、調査中です」としている。

 近くの住民は「このへんは高低差があって、低いところでは足首、ヒザ上、場所によっては胸のところまで冠水した。40年近く住んでいるが、多摩川の土手を越えて、浸水するのを警戒していたけれども、まさか下から噴いてくるとは思わなかった。市や区が原因を言わないから怒っていますよ」と話す。

 タワマンや駅周辺の道は清掃作業こそ済んでいたが、いまだ汚泥が地面にこびりついている箇所が多くあった。

 別の住民は「下水道が逆流したというのなら、あの泥は便の可能性があると考えるとゾッとする。タワマンができる前はこんなことはなかった。タワマンの建て過ぎで、下水処理が追いつかなくなったのでは」と憤る。

 工場地帯だった武蔵小杉は再開発で容積率が緩和され、12年前に最初のタワマンが建設されて以降、デベロッパーが相次いで参入。大型商業施設も次々と建てられ、都心へのアクセスが良いことから人気化し、地価も高騰。“ムサコマダム”の新語も生まれた。

 しかし、今回の浸水被害は、大きな影を落としかねない。ネット上ではタワマン族への嫉妬も追い打ちをかけ、逆流とウンコを引っ掛けて、ネタ化。ムサコの価値は今後どうなるのか?

「榊マンション市場研究所」主宰の榊淳司氏は「2年ほど前に人口増加で、武蔵小杉駅の改札で40分待ちの報道が盛んに出て、ムサコのタワマンの売れ行きに陰りが出ていた。この10年くらいで坪単価は270万円から400万円まで上がっていたが、もともと低地で、人が住まない工場のグラウンドだったところ。なぜムサコが東京の文京区と同じ価格なのか? バブルで実力以上の値段になっていた。そこに今回の被害で、人気がなくなるきっかけになる」と指摘する。

 停電被害となったタワマンと同じデベロッパーが手掛けた駅前のタワマンでは、ネットニュースサイトで被害があったと伝えられたことにホームページ上で事実誤認と反論。「台風19号前後を通して、各部屋及び共用部のすべてで、施設設備は通常通り使える。『事実』を信頼いただきたく存じます」と訴えた。資産価値に直結するだけに風評被害にはナーバスになるのも無理はないところだ。

 榊氏は「いきなり価格が下がることはないが、5年くらいかけて3割下がることはあり得る。ムサコではあと2つ、タワマンを建設中ですが、売れ行きは鈍るでしょう。土地はまだあるので、今後も建設計画はあるでしょうが、デベロッパーも腰が引ける。この2、3年でまた同じような被害が起きたら、イメージダウンから回復できない」と話す。“バブルの街”は正念場を迎える。