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プロフィール
渡辺学
1986年入社。ゴルフ担当を経て89年からテニス、ラグビー、アメリカンフットボール、アマチュアレスリング、陸上、水泳、サッカーなどの取材に携わった。五輪は夏季2回、冬季3回を現地取材。2001年に運動部デスク、06年から文化部で社会面デスクを担当後、専門委員などを経て現在法務広報室長。早大卒。
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異色の青学スケーターだった宮部行範さん
2017年03月09日

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 3冠達成の駅伝チームが広告塔の役割も果たしている青山学院大学の体育会各部一覧には、「アイススケート部(ホッケー。フィギュア)」という記述が見られる。日本学生氷上競技連盟の加盟校欄を見ても、青学大は前出の2競技・種目しか参加していない。スピードスケート部門はないようだが、その大学から世界へ羽ばたいたのが7日に48歳の若さで亡くなった宮部行範さんだった。

 

 行範さんは男子スピードスケートの短距離で1992年アルベールビル五輪と94年リレハンメル五輪に出場し、92年は1000メートルで銅メダルを獲得した。同じく両大会で短距離代表となり、1000メートルの元世界記録保持者でもある兄の保範さん(50)は埼玉の浦和高から慶大という異色の経歴が話題になったが、同県の春日部高から青学大へ進んだ行範さんも、北海道や長野など寒冷地の高校から日大や専大もしくは実業団に入ってトップレベルの強化を受けるスケート界にあって極めて珍しい道をたどっている。

 

 アルベールビル五輪では男子500メートルで黒岩敏幸(48)と井上純一(45)が銀、銅メダルを獲得し、1000メートルでもメダルが期待されていた。スキーのノルディック複合団体で荻原健司(47)ら日本チームが金メダルに輝いたのと同じ2月18日、男子1000メートルの表彰台に上がったのは“ダークホース”の行範さん。数日前に橋本聖子が女子1500メートルで冬季五輪3度目にして初のメダル(銅)を獲得しており、最初の五輪でいきなりメダルの行範さんの快挙に「こんなことがあっていいのかなぁ」と当時所属の三協精機(現日本電産サンキョー)で指導していた石幡忠雄氏は申し訳なさそうな表情さえ見せていた。

 

 高校、大学ときちんと教えてくれるコーチなしで滑り、卒業前に一度はやめることも考えた末、実業団の名門に加わり五輪銅メダル。石幡氏は当時、「ごく普通の練習しかしていないのに、こんなに強くなってしまった。ただ彼の場合は、同じ練習をやるにしても目的意識を持ち、分析力もある。早く言えば、頭がいい」と語っている。保範さんは理論派スケーターとメディアで報じられていたが、まさに独自にスケートを極めた宮部兄弟であった。

 

 五輪メダリストが幹部選出という形でなく、一職員として日本オリンピック委員会(JOC)に関わるのも珍しい。前出の黒岩やスキーの荻原兄弟と同世代だった行範さん。“たたき上げ”のJOC役員への道も半ばで旅立った。







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