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プロフィール
渡辺学
1986年入社。ゴルフ担当を経て89年からテニス、ラグビー、アメリカンフットボール、アマチュアレスリング、陸上、水泳、サッカーなどの取材に携わった。五輪は夏季2回、冬季3回を現地取材。2001年に運動部デスク、06年から文化部で社会面デスクを担当後、専門委員などを経て現在法務広報室長。早大卒。
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豪栄道の上を行った先輩横綱
2016年09月26日

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 かつて「沢井と影山は相撲界の宝」と言ったのは日本相撲協会審判部時代の貴乃花親方だった。沢井はこの秋場所で大関カド番から初の優勝を飾った豪栄道(30)、影山は同場所小結で7勝8敗の栃煌山(29)。沢井が埼玉栄、影山が明徳義塾と高校相撲の名門校で活躍した2人が2005年初場所の初土俵後、順調に関取への道を歩んでいた当時、貴乃花親方のひと言があった。

 

 それから約10年。栃煌山は三役常連ながら大関昇進には“足踏み”する中、豪栄道は大関在位2年で4場所負け越しの低迷から一気に綱とりへ。18年ぶりの日本人横綱誕生を実現させれば、「宝」の価値は高まる。この姿に若干、重なるのは出羽海一門の大先輩にあたる元協会理事長の横綱三重ノ海(68)だ。

 

 技能派で鳴らした相撲巧者は1975年九州場所、関脇で初優勝して大関に。そこに至るまでも肝炎を克服しての出世だったが、新大関場所が8勝に終わると、故障から2場所続けて途中休場負け越しで関脇に陥落。76年名古屋で10勝を挙げて大関復帰を果たすも、翌77年は5勝、7勝と2度も負け越しがあり、貴ノ花、旭国とともに“大関互助会”などとやゆされた。それが三十路を迎えた78年に2桁4回を含めて全場所勝ち越すと、79年には夏場所13勝、名古屋場所14勝(決定戦で黒星)で優勝なしで横綱に上がってしまった。

 

 三重ノ海は180センチそこそこで130キロ余りと当時の幕内では平均的な体格だった。今年秋場所、幕内平均体重は約164キロと史上最高を記録した。183センチ、160キロの豪栄道もまた平均サイズの大関だ。30歳にして快進撃が始まれば、三重ノ海と重なるとことは少なくない。秋場所の横綱日馬富士戦で見せた“得意”の首投げは邪道の技とも言える。三重ノ海も北の湖に猫だましを繰り出すなど、なりふり構わない迫力があった。

 

 豪栄道の師匠・境川親方(54=元小結両国)は、三重ノ海が引退し武蔵川部屋を創設後の出羽海部屋に入門。豪栄道は、後に協会理事長になる当時の出羽海親方(78=元横綱佐田の山)のいわば孫弟子に相当する。現解説者の元小結舞の海氏は師匠だった元佐田の山から聞いた話として、「優勝しなくても年6場所で12勝すれば横綱に上げてもいい」という意見をNHKの放送で明かしていた。まさに今年は3場所連続で12勝以上した稀勢の里(30)にに当てはまる言葉だったが、秋場所10勝で振り出しに。一方、安定した成績とは対極的な星を残してきた豪栄道が横綱昇進への挑戦権を得た。

 

 三重ノ海は綱を張った後、2場所連続優勝を含む24連勝を記録するなど、太く短く横綱を務めた。豪栄道はその域にまで達するか。



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