鹿取さんの度量の大きさ
2017年06月19日

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 巨人が少しずつ調子を戻してきた。今月8日の西武戦で球団史上ワースト記録更新となる13連敗を喫したものの、交流戦終盤でソフトバンク、ロッテを相手に2カード連続勝ち越し。パ・リーグ最下位チームのロッテには同一カード3連勝を果たし、遅ればせながらチーム状態をようやく右肩上がりに転じさせたことで屈辱の交流戦最下位も最後の最後で何とか逃れた。

 12日に堤辰佳GMがチーム低迷の責任を取る形で引責辞任。GM職のバトンを新たに引き継いだのが、鹿取義隆さんだった。新体制となった翌13日以降、それまで壊滅的な状態だったチームはまるでスイッチが入ったかのように白星を量産。6試合を5勝1敗とし、交流戦を2カード連続の勝ち越しで締めた。

 偶然か否かは分からない。ただいずれにしても新GMは自らの就任を機にいい風が吹き始めた流れを今後もキープし続けたいところだろう。

 その新GMには、これまでも何度かお世話になった。思い起こせば鹿取さんのユニホーム時代に〝呼び出し〟を受けたこともある。2003年7月12日の甲子園球場・阪神戦。試合前のチーム練習中、巨人担当だった私に先輩のサブキャップが「鹿取さんが『試合が終わったら今晩、3人で飲みに行くぞ』と言っている」と声をかけてきた。

 正直、これはやばいと思った。実は数日前、当時ヘッドコーチを務めていた鹿取さんをチクリと刺すような記事を書いていたからだ。こっぴどく怒られるのはまず間違いないだろう。本当は行きたくなかったが、断るわけにもいかない。サブキャップには渋々「分かりました」と伝えた。

 試合中は恥ずかしながら中立な立場を捨て去って巨人をとにかく応援した。チームが勝てば、少しでも鹿取さんの機嫌が良くなるはずだろうと考えたからだ。ところが、その思いも虚しく巨人は3—14で大敗。しかも5連敗という最悪の結果だった。

 原稿を早々と書き上げて仕事を終えたサブキャップは球場を離れ、先に鹿取さんと合流。私は心なしかいつも以上に遅筆となり、ひとり甲子園の記者席でパソコンとニラめっこし続けていた。心の中には「このまま酒の席が打ち上げとなってシレッと行かずに済めばラッキーかもしれない」とサブキャップを“いけにえ”にして危機回避を願う不届きな自分もいた。

 ところが、もくろみはもろくも崩れ去った。ケータイが鳴り響き、電話に出ると「おい、何やってんだ! 早く来い!」。声の主はもちろん鹿取さんだった。

 約1時間ぐらい遅れての合流だったと記憶している。指定された居酒屋の暖簾をくぐり、視線の先にはサブキャップとともに席に腰掛けていた鹿取さんの姿があった。

 くだんの記事掲載によって鹿取さんを含むご本人の周辺を騒がせてしまったことは事実。だからまずは緊張の面持ちとともに「いろいろと申し訳ありませんでした」と頭を下げた。すると鹿取さんは、こう言った。

「記事のことはいい。オレがオマエを許せないのは、あの記事を書いてすぐオレから逃げたことだ。それは男らしくない!」

 ハッとした。確かに記事掲載の直後、現場で鹿取さんと目線が合った自分はすぐに視線をそらしてスーッとその場を立ち去ったことがあった。あの時に「逃げた」のは図星だったのだ。
 
 とても弱い自分に気付かされた。そして何よりも鹿取さんの度量の大きさに心を震わせられた。
「よし、反省すればもういい。じゃあ乾杯だ」

 それから酒の席が熱い野球談議で延々と盛り上がったのは言うまでもない。

 あれから、早いものでもう14年の歳月がたとうとしている。スーツ姿になった鹿取さんはどのような手腕を見せてくれるのか。熱い魂を持つ新GMに多くの人も期待している。

(運動部デスク・三島俊夫)







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