プロフィール
オフィス北野・プチ鹿島(ぷちかしま)
1970年5月23日生まれ。血液型O。時事ネタを得意とする。東スポ歴は中学から30年。TBSラジオ「東京ポッド許可局」、同局「荒川強啓デイ・キャッチ!」(月・水)、YBSラジオ「プチ鹿島の火曜キックス」、NHKラジオ第1「午後のまりやーじゅ」に出演中。著書には「教養としてのプロレス」(双葉新書)。




2017年8月
« 7月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  



馳浩は政治家になって正解だったのでは
2017年08月03日

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「馳議員56歳の現役復帰 継続参戦イケる!大暴れ」と、東スポWEBが伝えた(7月27日)。 《前文部科学相の馳浩衆院議員(56)が26日、武藤敬司(54)がプロデュースする「プロレスリングマスターズ」第2弾興行(東京・後楽園ホール)で約11年ぶりの現役復帰を果たした。選手としてリングに立つと、全盛期と変わらない動きで観衆を魅了。》 私はこの日リングサイドで観戦していたのだけど、あの頃と変わらない馳浩を見て懐かしかった。   そしてこうも思ったのである。「やっぱり政治家になって正解だったのでは」と。   と言っても、当選を6回も重ねたからとか、大臣にもなったからという理由ではない。   「嫌みなくらい、こんなそつがないプロレスを続けていたら、レスラーとしてはそのうち限界だったのでは」と思ったからである。 不思議なもので、完璧なレスラーが観客に常に愛されるかと言えば必ずしもそうではない。どこか変だったり欠点があるほうが魅力的だったりする。そういう人たちに比べたら馳浩は出来すぎであり、常識的すぎた。   でも馳浩の利口さとは、そんな自分のことも当然気づいていたであろう点。   どうせ自分は「使い勝手のいい存在」で「誰かの神輿を担ぐ」ことがおもな仕事なら、政界に転職して同じような仕事をすればいい、汗をかいて人から評価されればいい。そんな匂いをプンプン感じたのである。   事実、ほかの「プロレスラー議員」と違って馳は最初から地味だった。その様子は、タッグマッチで試合をせっせとつくり、おいしいところは主役に任せるプロレス時代の働きぶりそのままだった。   だからこそ私は思ったのだ。プロレスでさえ今もこんなに立ち回りが巧い馳浩なのだから、現職での立ち回りはなおさら監視しなくてはいけない。そのやり手ぶりを注視しなくてはいけない。しみじみそう感じた。   それにしても馳浩をブッキングし、最後のリング上での挨拶も馳に任せ、自分は脇に回っていた武藤敬司がこの日は見事な政治家だった。「超満員の後楽園ホール」という結果だけをきちんと残したのである。

東スポ動画
ミス東スポ2018サバイバルオーディション
注目コンテンツ
ビートたけし本紙客員編集長が審査委員長の独自の映画賞!

日本マット界の隆盛、発展を祈念し、東スポが制定したプロレス大賞です。

開催3場の全36レース(2場開催の場合は全24レース)の馬柱を完全掲載!